ダイシャン

 と言うワケで相変わらず浅田次郎『中原の虹』講談社 を読んでます。ようやっと三巻読み終えました。自分の中では張作霖よりもむしろダイシャンの方が主役です。というか、何このスーパーダイシャン

□『中原の虹』版ダイシャンがスーパーである理由□
戦傷が元で没したシュルガチを看取る→シュルハチヌルハチに疎まれて窓際族として悶々として病死というのが有力
父・ヌルハチの命によって最愛の兄・チュエンを毒殺→チュエンが殺されたのは史実だが、その死と共に記録が抹消された為に本当の死因は不明
弟のヘカンを後継者に指名→ホンタイジ皇太子を意味する俗称に過ぎず本名ではないと言うのも通説ながら、本名は不詳とするのが一般論…確かにヘカンという説もあるんだけどね…。ソレよりも、小説中で徐世昌が説く仮説、ホンタイジヌルハチ在世中から後継者と目されたモノの部族内での支持が得られなかったために長く皇太子ホンタイジと言われたためその通称となったのでは?というのは面白い。
マンジュモンゴル朝鮮(ソラホ)だけでなく、山海関を超えて(ニカン)を攻めることを進言→小説中ではシュルガチチュエンは同じコトをヌルハチに進言して排斥されている
ホンタイジ暗殺を計画→実行犯はドルゴンで共犯者はホーゲ。なので弑逆の罪を負う彼らは帝位に着くことは無く、帝位はフリンが嗣ぐことに決まった。また、暗殺だったので喪に服すこともなかった。
焼け野原になった紫禁城北京の施設を明代の旧態に戻した→天壇中華王朝に相応しいモノとして、マンジュの祭祀はマンジュのみで堂子で行うことにしたのもダイシャン
薙髪令を献策→ドルゴンが施行。

 と、清初の基本的な政策は全てダイシャンが画策し、ホンタイジなりドルゴンが実行したとか言う、富野メモシャアか!と言いたくなるようなスーパー振り。こんなにダイシャンが大活躍でちょっと目頭が熱くなる想いだけど、ちょっと頑張り過ぎじゃない?
 と言うワケで、色々突っ込みたくなることはあるモノのとりあえず、あの時代のマンジュでワザワザダイシャンを引っ張り出してきたことに敬意を表するわけです。なんか、禮親王府行きたくなったよ…。

3 comments

  • 浅田次郎の中国ネタは、まるごとパクリすぎ、というものがけっこうありますよね。
    蒼穹の昴の春児が、宦官の小徳張の伝記そのままだったり、
    科挙の応試の部分が、宮崎市定本の解説書みたいになっていたり。。
    でもストーリーテラーとしての魅せ方は、さすが書き込んでいるだけあって、すばらしい。

  • 最近、ふと観た中国タイムスリップ物ドラマで清の康熙帝が出ているのに興味を持ち観はじめ、また浅田作品に心が戻ってきています。ダイシャンよかったですね!!

    • 自分も《歩歩驚心》にははまりました。案外面白かったデスよね。

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