10月 29 2009

乙嫁語り 1

Posted by 宣和堂 in 書籍, 歴史

 と言うワケで、今更ですが森薫『乙嫁語り 1』BEAM COMIX を購入しました。一緒に買ったのが田丸浩史『ラブやん 12』アフタヌーンKC と、田丸浩史『レイモンド 3』ドラゴンコミックス の田丸祭りに紛れた感があるのが些か心残りではありますが…。
 自分は世のメイドさん愛好家をうんうん唸らせたと言う『エマ』は読んでいないので、おお~中央アジアモノだ!と前から注目していたので、コミックスが出た段階で食らい付きました。面白いですね。読んでいて何となく、石坂版シルクロードを思い出しました。いきなり結婚式から始まるあたりこう…なんか思い出しますよね。

 と言うワケで、基本はチュルクというかトルコの部族のお話で、主人公は二十歳で十二の男子に嫁いできたおなごさん=アミルです。この時代、十代で嫁ぐのが通例だったので旦那のカルルクの方がまだしも適齢期だったようですね。でも、アミルさんは弓が上手、姐さん女房、何でもさばける(鳥とか兎とか)、野生、天然、強い、でも乙女、でもお嬢様という作者の方が好きなモノを全部詰め込んだキャラ…みたいですね。まあ、自分も好きですけど…清々しいほどに。
 で、部族間の色々なゴタゴタにこの初々しいカップルが巻き込まれていく話…のようですが、基本的にはカルルクの大家族と嫁・アミルとの交流がこの巻ではメインという感じですかね。それより何より、自分は中央アジアに詳しいわけではないのですが、こう考証がビシッと決まってて、建築とか服装にウソがなさそう漫画って気分良いですね~。サービスカット的にアミルの下着姿とか、裸ん坊も出て来るわけですが、むしろ下着にも考証が及んでいるのか!とか、裸ん坊でも装飾品はつけたママなんだなぁ~とか、そっちの方がサービスに感じてしまえるくらいです。まあ、自分としては兎に射かけるアミルさんとか、馬の鞍の上に立つアミルさんとか、兎をさばくアミルさんの方がサービスでした…眼福。
 にしても、アミルも格好いいんですが、その兄のアゼルが服装からしてチュルクっぽくてええデスねぇ…。三つ編み垂らしてるあたりも良いです(19世紀の中央アジアの話ですから、辮髪ではないと思いますけど)。
 ともあれ、二巻が楽しみですね。同じ歴史物漫画では、アシェラッド亡き後の『ヴィンランド・サガ』は盛り下がるでしょうから、コッチに期待しましょう。生の意味と死の意味を教えてくれて、死ぬべき場所を提供してくれると良いんですけど…(あの展開だとクヌート王も出てこないでしょうしねぇ…)。

10月 27 2009

北京古建築地図 目次

Posted by 宣和堂 in 書籍

 中国のamazon…というかJOYO.COM(卓越網)で遊んでいたら、先日紹介した《北京古建築地図(上冊)(中国古代建築知識普及与伝承系列叢書•北京古建築五書)》精華大学出版社 が売っていたので、思わずリンク。更に、目次があったのでコピペしてみようかと…。

目録
一、北京旧城古建築分布
二、分片索引
三、交通簡図
四、北京古城史略
五、北京古建築分片導覧

(一)皇城:
皇城概述/ 1故宮(紫禁城)/2天安門/3太廟、社稷壇/4景山/5北海、団城/6中南海/7大高玄殿/…………/35普勝寺
(二)皇城外東片
皇城外東片概述/ 1馬輝堂/2什錦家園19号院四合院/3原中法大学/4麟慶宅(半畝園)/5美術館東街25号四合院/6俊啓宅/7東四清真寺/8老舎故居/…………/15北京飯店初期建築
(三)皇城外西片
皇城外西片概述/ 1礼王府/2洵貝勒府/3国立蒙藏学校旧址(鎮国公綿德府)/4儀親王府/
(四)内城南片(1)
内城南片(1)概述 /1正陽門及箭楼/2淳親王府/3原麦加利銀行/…………/25北京内城東南角楼/26明城墻遺址(東部)/
(五)内城南片(2)
内城南片(2)概述 /1明城墻遺址(西部)/2醇親王府/3李大釗故居/…………/16中国農工銀行旧址/17保商銀行旧址/
(六)内城北片(1)
内城北片(1)概述 /1北京鐘鼓楼/2万寧橋/3那王府/4楊昌済故居(豆腐池毛主席故居)/…………/35旧式鋪面房/36為宝書局
(七)内城北片(2)
内城北片(2)概述 /1德勝門箭楼/2匯通祠(乾隆御製詩碑)/3三官廟/…………/36保安寺/37地安門西大街/
(八)内城東片(1)
内城東片概述 /1雍和宮/2柏林寺/3前永康衚衕7号四合院(徐海東、陳毅故居)/…………/16恒親王府/17南豆芽清真寺/
(九)内城東片(2)
内城東片(2)概述 / 1礼士衚衕129号四合院/2内務部街11号四合院(明瑞府、六公主府)/3史家衚衕51号四合院(章士釗故居)/…………/14協和医院住宅群/15寧郡王府/
(十)内城西片(1)
内城西片(1)概述 /1西堂(天主教聖母聖衣堂)/2前公用|衚衕15号四合院/3魁公府/4玉皇閣/…………/20西四転角楼/21元大都下水道/
(十一)内城西片(2)
内城西片(2)概述 /1万松老人塔/2民国地貭調查所/3普寿寺/4斉白石故居/5呂祖閣(呂祖宮)/6鄭王府/7都城隍廟後殿(寝祠)/
(十二)前門外西片
前門外西片概述 /A前門地区/B前門大街/C大柵欄街区/1塩業銀行旧址/2交通銀行旧址/3勧業場旧址/…………/37林白水故居(重建)/38京華印書局
(十三)前門外東片
前門外東片概述 /A鮮魚口街区 /1京奉鉄路正陽門東車站旧址/2福建汀州会館北館/3陽平会館戯楼/4奮章衚衕53号四合院(郝寿臣故居)/5新開路(新革路)20号四合院/6興隆街52号四合院(伝為李蓮英故居)/7金台書院/8薬王廟/
(十四)外城南片
外城南片概述 /1天壇/2先農壇/3正陽橋疏渠記方碑/4永定門(復建)/5燕墩(煙墩)/6湖広会館/7南海会館(康有為故居)/8中山会館/9三聖庵/10陶然亭、慈悲庵/11雲絵楼、清音閣/
(十五)外城西片
外城西片概述 /1報国寺(含顧亭林祠)/2長椿寺/3瀋家本故居/4楊椒山祠松筠庵/…………/12崇效寺藏経閣/13国民政府財政部印刷局旧址/
(十六)外城東片
外城東片概述 /1隆安寺/2袁崇煥祠、墓和廟/3花市清真寺/4花市火神廟/5南崗子天主教堂(聖德肋撒堂)/6法華寺/7夕照寺/

六、附録
(一)北京旧城区旅行資訊
(二)北京古代建築常見術語解説
(三)参考資料
(四)図片来源

 自分くらいの変質者になるとこれくらいでワクワクできますよ。

10月 26 2009

西太后“稀代の悪女”その真実

Posted by 宣和堂 in 旅行, 歴史

 ボサッとしてたら、NHKで慈嬉太后の特番をやっていた模様。

  •  とりあえず、録画して見てみました。どうせ、希代の悪女!とかナンとか言ってまたドジャーン!ツボからあの女の首が!みたいな番組なんだろうナァ…と思ったら、『西太后 大清帝国最後の光芒』中公新書 の加藤徹センセがゲストの上に、存外まともな構成でビックリ。『蒼穹の昴』の番宣かなぁ…とも思いますが、かなり慈嬉太后よりの構成でした。ナカナカ興味深かったです。
     慈寧宮ってそう言えば姥捨て山って言うか、子供を産めなかった女の人達が集まる場所だったなぁ…とか思い出したり、実際にスタジオに運ばれた中華料理…というか満漢全席うまそー!(駱駝のこぶの蒸し物とか蝶鮫とか)とか、慈嬉太后の本名が杏貞と紹介されてるのは、どんな根拠なんだろう~とか、慈嬉太后は写真を撮るときには必ず咸豊帝に貰ったイヤリングをしたとか(初耳~)、色々楽しめました。
     でも、徳齢の証言って面白いのが多いものの、学術的にはあんまり評価されないと聞いたんですが(矛盾とか飛躍が多いとか何とか)、何処まで信用して良いのかしら…とか、慈嬉太后の妹の子孫を”西太后の末裔”とか、珍妃の母親の妹の子孫を”珍妃の末裔”と称するのは…ちょっとどうかと思いますが…。血のつながりないジャン!一族の末裔だよ!なんて思ったりもしましたが…。

     と言うワケで、2008年11月に北京に行ったときの写真御蔵出し…。消しちゃったので再掲載。

    珍妃井のキャプション

    驚くほど小さい珍妃井

    精衞通誠

    珍妃井の向かいにある…けどあんまり人がいない場所

     更に、珍妃?と言われる写真だけど、あんまり紹介されていない写真も再掲。別人だという説でもあるんですかねぇ…。

    故宮周刊 第三十期 第一版→劉宮女の証言では南海で撮影されたという

     ま、このネタも案外好きなんですよと。

    10月 25 2009

    北京古建築地図 上

    Posted by 宣和堂 in 書籍

     と言うワケで、ある日書虫をヘラヘラ見物していたところ、《北京古建築地図1なる本を発見。さして何も考えずに、「今度行ったときの参考になると良いなぁ…」程度の考えで購入したわけですが…。これ面白いです。

     大体北京の紹介本というと、昔はこうだったああだった的な紹介が殆どでしょう。それはそれとして大事なことなんですが、ガイドブックとしてより重要なのはその建物が何処にあるのか?そして何よりも大事なのが、今は参観できるのか?っていうコトです。
     その点、この本はやってくれました。いつ頃建てられた建築物なのか?どの程度の文化施設なのか2、解放しているか否か?また、現在は何として使用されているのか3等々、あらかた自分が知りたいことが網羅されており、おまけに文献上では知っていたけど、何処にあるのか知らなかった施設が結構あります。ガイドブック的にも使える上に、ぺらぺら捲るだけでも面白い本です。

    総参謀部占有…

     去年、北京に行ったときに遠くから眺めた大高玄殿は実は総参謀部が占有していたらしいとか書いてありますし、中共中枢部の通称でもある中南海に関しても民国時代の写真を多く載せていますし(写真が小さいのが本当に残念)、北海公園の建築物なんかもちゃんと紹介しています。おまけに、民国期に撮影された北京…当時の北平?の航空写真も各地域ごとに掲載されていて非常に便利です。
     というか、去年出てればこれでコース考えたのに…と思わないでもないですが、とにかく、ぺらっと捲っただけでも、自分が手にした北京関係の本と比較して、かなりの濃度のある本だと感じられます。京師大学堂の校舎がまだ残ってるとか、溥儀が生まれた醇親王府北府)が元々、康煕朝の大学士・明珠の邸宅で、ここで納蘭性徳が生まれたとか、知らないコト満載です。そうそう、去年あわよくば行こうとしていたサンゴリンチン祠堂は小学校になっている模様…あと、サンゴリンチン邸というか僧王府も現存しているけど現在は民家とか、読んでて飽きませんねぇ…。
     ただ、79元というお値段なら買いなんですが、輸入するとちょっとお高くなっちゃいますねぇ…。北京が好きで古建築が大好き!と言う人は買って損はしないと思います。お薦めです。

     いずれ、この本の情報をGoogleマップとかに落としたいですねぇ…。ともあれ、この濃度で上冊ですから、今から下冊が楽しみです。多分、今度の巻で殆ど北京内城外城はやり尽くしたから、下冊では郊外をやるんでしょうけどこの濃度でもつのか心配ですね…。

     で、このシリーズ…は五冊4出てるんですが、ついついその内の紫禁城頤和園買っちゃいました…。多分出来がよければ、他の二冊も買うと思います…。天壇なんてさして興味無いのに買っちゃうんだろうナァ…。

    1. 李路珂中国古代建筑知識普及与伝承系列叢書 北京建筑五書 北京古建筑地図 上》精華大学
    2. 故宮は世界遺産!天安門は国家級!サンゴリンチン祠堂は区級!とか明記
    3. 国家級の施設が公開されていないのははともかく、民居って誰が住んでるんだろう?とかも明記
    4. 劉暢《中国古代建筑知識普及与伝承系列叢書 北京古建筑五書 北京紫禁城》精華大学
      贾珺《中国古代建筑知識普及与伝承系列叢書 北京古建筑五書 北京頤和園》精華大学
      王貴祥《中国古代建筑知識普及与伝承系列叢書 北京古建筑五書 北京天壇》精華大学
      贾珺《中国古代建筑知識普及与伝承系列叢書 北京古建筑五書 北京四合院》精華大学
    10月 24 2009

    索頭と辮髪

    Posted by 宣和堂 in 歴史

     と言うワケで、以前に

     個人的には蘭陵王が索頭ではないことが残念でなりません。こう、兜を脱ぐと剃り上げた索頭があらわになって、「あ、文襄帝のご遺児がやってこられた!」みたいなシーンを期待する方がバカなんですが…。1

    と言う記事を上げた際に、

    この語は『漢語大詞典』によると「南朝人の北方異民族への蔑称」なので、このように「=弁髪」と使われると個人的には違和感があります。2

    コメント覧でご指摘を頂いた件でネタにしてみました。

     そもそも、索頭なり索虜なりは鮮卑の自称ではなく、南朝側からの蔑称なんです。まあ、変な髪型した野蛮人~という意味になろうかと思います。索髪というのは…まあ、が編むという意味ですから、編み込んだ髪という意味になるかと思います。字面だけ見るとドレッドヘアみたいな髪型かと思いますよね。
     満洲辮髪を見た西洋人pigtailと称したのとそう変わらない発想でしょう。もっとも、今でもお下げ髪を指してpigtailと言うようですから、図らずも辮髪の字義的な意味からの翻訳ではあるみたいです。もっとも、英語圏西洋人辮髪を見る前からあった語彙なのかどうかまでは調べてませんが…。
     また、契丹独自の髪型を髠髪というのですが、これも漢人の古代に於ける刑罰の一つで、髻を落とす刑罰であった髠刑を処されたような髪型…という発想でしょうから、似たようなモノですね。まあ、でも差別的な視線で見ていても、漢人のように髪を結わずに髪の毛を剃る…という意味合いに於いては実に的を射た表現だと言えます。

     で、話戻って索頭です。史書で索頭をなり索髪を検索すると、北魏を建国した拓跋氏を指して鮮卑索頭と称したようですね。殆ど民族名みたいに索頭索頭と出てきます。ザッと検索したところを上げてみます。
     まず、《資治通鑑》に出てきますが、やっぱり、本文の索虜なり索頭に対する註として胡三省が附した文章がヒットしますね。三国とか東晋の頃に活躍した鮮卑の記事に付けられた註です。

    索虜者,以北人辮髮,謂之索頭也。島夷者,以東南際海,土地卑下,謂之島中也。3
    索頭,鮮卑種。言索頭,以別於黑匿郁鞠;以其辮髮故謂之索頭。4

     まあ、いずれにしろ宋元の頃には索頭なり索髪辮髪だと考えられていたわけです。

     で、時代下って北魏東魏西魏に分裂するかしないか?くらいの時期の話。

     始宣武、孝明間謠曰:「狐非狐,貉非貉,焦梨狗子齧斷索.」識者以為索謂本索髮,焦梨狗子指宇文泰,俗謂之黑獺也.5

     これは高歓宇文泰に翻弄された、孝武帝本紀に出てくる記事デスね。北魏八代皇帝 宣武帝の頃から第九代皇帝 孝明帝の頃(499~528年)に流行った童謡に関する記事デスが、「狐は狐にあらず、貉は貉にあらず、焦梨狗子に索を囓りきられるぞ!」と言う歌ですかね…なんで焦梨狗子宇文泰を指すのか全く意味不明ですが、北魏が分裂しそうな頃でも索髪は廃れず忘れられず、囓りきられるのは不吉なり不名誉なコトだと認識されていたようですね。
     で、この文の索髮の後に付けられた註に…

    識者以為索謂本索髮 通志「謂」下有「魏」字.按當時宋、齊稱北魏為「索頭虜」,即因其辮髮之故.此疑脫「魏」字.6

    とあって、やっぱり北魏辮髪をしていたが為に索頭虜と呼ばれていたらしいことが書かれてます。中華書局版につけられた註なのは間違い無いんでしょうけど…まあ、手元に《北史》がないので、いつ附された註なのかは分かりませんが…。

     で、文字文献にばっかり頼っていても、こういった風習や習俗の問題は解決しませんから、目先を変えて発掘文物を見てみましょう。
     北齊墓北周墓に比べると豪華絢爛で、壁画もかなりきらびやかな色彩のモノが残っています。その中の一つである山西省太原王郭村で発掘された、北齊 安東王 婁叡墓の壁画7には、かなり見事な壁画が残っていました。婁叡自身は文宣帝 高洋の生母・武明皇后 婁昭君を叔母とする、所謂外戚なので、北齊皇室に非常に近しい人物だと考えられます。
     日本で出ている書籍で手っ取り早く婁叡墓壁画が見られるのは図書館には入ってる率の高い『世界美術大全集』の南北朝の巻8でしょうか?まあ、もっとお手軽に、Googleの画像検索を使うという手もありますね。
     で、壁画を見るとやたらおでこの広い騎乗の人物像が描かれています。絵では髪を結い上げてるのか?特異な形の帽子を被っているのかは判然としません。しかし、先に挙げた『世界美術大全集』では…

     なかでも墓道の騎馬出行図は出色である。騎馬人物が二人ないし数人のグループで進軍するさまが描かれているが、全時代に比較するとたいへん進歩した表現が見られる。人物は、剃り込んだ頭髪の髻に頭巾をつけ、筒袖の軽快な服装で乗馬しており、鮮卑の風俗を表していると思われる。への字型の濃い眉に精悍なまなざしといういかにも武人らしい顔貌描写だが、ふっくらとした瓜実顔に小さめのおちょぼ口というやや女性的な特色も併せ持つ。9

    …と、されています。辮髪という言葉こそ使っていませんが、「剃り込んだ頭髪の髻に頭巾をつけ」と、頭髪を剃り込んだ髪型をしているという見解が出されている点が興味深いです。索頭辮髪だとしても、どちらにしろ、結った髪…という意味の漢字を使っているので、頭を剃り込む髪型であったとは限らないわけです。ともあれ、何という名称で呼ばれた髪型かは断定できませんが、少なくとも、墓主である婁叡はこういう髪型の人物に囲まれて生活していたことは間違いがないのです。
     これが索髪だ!というキャプションが付けられて発掘された絵画ではありません。しかし、北齊皇室に近い人々の風俗を知るという意味合いでは、貴重な資料に他ならないわけで、それこそ百聞は一見にしかず!と言うコトじゃないでしょうか?

    1. 当日記の記事:蘭陵王
    2. 蘭陵王の記事に付けられた殷景仁様のコメント
    3. 《資治通鑑》巻六十九 魏紀一 世祖文皇帝上 →寒泉 臺灣大学
    4. 《資治通鑑》巻九十五 晉紀十七 顯宗成皇帝中之上 →寒泉 臺灣大学
    5. 《北史》巻五 魏本紀第五 孝武帝元脩→中央研究院 漢籍電子文獻
    6. 《北史》巻四 魏本紀第五 孝武帝元脩→中央研究院 漢籍電子文獻
    7. 北齐东安王娄睿墓山西省文物局
    8. 『世界美術大全集 東洋編3 三国・南北朝』小学館
    9. 『世界美術大全集 東洋編3 三国・南北朝』小学館 P.114