シュリーマン旅行記 清国・日本#2

 と言うワケで、ハインリッヒ・シュリーマン/石井和子『シュリーマン旅行記 清国・日本』講談社学術文庫 のメモ続き。


 今回は北京から長城まで。
北京から出発
 馬車でも北京は城壁に辿り着くまでに一時間掛かる。早朝なので乞食も居なかった。道中見事な石細工などを見るが、壊れ、埋まり、瓦礫と化していた。しかし、街並みは国や国民とともに荒廃堕落の一途をたどっている。

古北口
 清国で一番清潔な都市。乞食が一人も居ない。村人はありふれた服装だが清潔。村人達は健康でアヘンとは無縁。外国人が訪れることは滅多にないので、シュリーマンが街に入るや群衆に取り囲まれ、宿はおろか部屋にまで野次馬が押しかけた。旅行の目的を長城見学と従者が応えたところ、野次馬は大いに笑ったという。ただ、シュリーマンが水が欲しいというと、無償で水を籠に入れて差し出した。シュリーマンは清国に来てから余程酷い目にあっていたのか、この親切に酷く感心している。

清国人気質
 どうしてもしなくてはならない仕事以外、疲れることは一切しない。長城を観光したり、ボートに乗らずに遊泳をするなどは愚の骨頂でまるで理解出来ない。

長城観光
 シュリーマン長城見学に出発すると、険しい道にさしかかるやついてきた野次馬は去り、長城が崩れ道幅が30~40cmの難所にさしかかると従者もねを上げて去り、シュリーマンは一人で急な勾配を四つん這いになって登り、岩山の頂上の墩台の塔に辿り着いた。シュリーマンは当然、明代長城に登ったわけだが、シュリーマン自身は秦始皇の建てた長城だと信じてその技術力の高さに驚嘆している。記念に長城の大きな磚を二枚背中に括り付けて下山し、古北口に戻ると野次馬達は磚を指をさして大笑いしたらしい。

アヘン
 中国南部では皆好んでアヘンを吸うが、天津北京ではアヘン愛飲者はごくわずか。古北口ではまるきり見られなかった。

清国の石炭
 清国の石炭埋蔵量は殆ど無尽蔵なのに、清国民蒸気機関嫌悪感を持つので、人件費が安価なのにもかかわらず、相も変わらず石炭を手で採掘するため、採掘費が膨らみ、石炭の単価が高騰する。結果海を渡ったイギリス産石炭の方が安価なくらいであった。

墓地
 共同墓地があるのは都市部だけ。農村ではそれぞれの家族の死者を畑に埋めて、円墳を築いている。清国での祖先崇拝の念は強く、もしも鉄道を引くとなっても無数にある円墳を避けるように鉄道を敷くのは難しいとシュリーマンは中国での鉄道敷設を疑問視している。

 と、この後シュリーマン上海にも立ち寄っているので、それはまたの機会にでも…。

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