黄馬掛

 と言うワケで辮髪画像が整理つかなくなってきたので、その過程で見つけた…というか今まで気がつかなかっただけなんですが、黄馬掛の画像を見つけたので、お茶濁すべくアップ。

 と、ココで黄馬掛について少し。今を去ること十数年前…自分は学生時代、上海に一年間留学して、帰国の際に友誼商店清代の衣服である長衫馬掛を買って帰りました(当然お土産物のレプリカです)。黒い長衫と臙脂の馬掛でした。折角買ってきたので、大学の卒業式に長衫馬掛を着て出席しました。と、それを見かけた顔見知りの先生から「どうせ馬掛着て来るなら黄色にせんとあかんやろ!」と言われました。当時は清代についての知識はほぼゼロだった自分はキョトンとして、何で黄色じゃなくてはいけないのか?と、先生に聞きましたが、結局教えて頂けませんでした(まあ、意地の悪い先生だったので卒業式でそう言うコトするわけです)。
 以来、なんで馬掛黄色でなくてはならなかったのか…疑問に思いつつ答えが得られませんでした。帰国後間もなくインターネットは普及していたのですが、検索サイトも碌にない時代ですし、そもそもWikipediaはおろか個人サイトも満足に無い状態でしたから。で、卒業から数年経ったある日、加藤徹『京劇 「政治の国」の俳優群像』中公叢書(以下『京劇』) をペラペラ捲っていて、以下の文章に突き当たったわけです。

 李鴻章は、かつて「黄馬掛」の着用を許されるという栄誉を与えられていた。馬掛は清朝の服装であるが、皇帝だけに許された黄色を許す、というのは、最高の名誉である。だが、黄海海戦の敗北の責任を問われた李鴻章は、勅命によって、黄色い馬掛を着用するという特権を剥奪された。i

 ココで漸く長年の疑問は氷解するわけです。なるほど!そう言うことか!ちなみに『京劇』は奥付を見ると2002年…そして黄馬掛が全面的に出て来る小説、浅田次郎『蒼穹の昴』講談社 の刊行は1996年ですから、もっと早くに『蒼穹の昴』を読んでいれば疑問の氷解も早かったハズですね…。買ってから結構長いこと寝かせましたからねぇ…。ちなみに『蒼穹の昴』でも李鴻章黄馬掛を着て颯爽と現れる印象的なシーンがありますから、自分の中では黄馬掛李鴻章という刷り込みがあるわけです。黄馬掛といえばすぐに李鴻章が浮かびます。
 ちなみに、ドラマ版『蒼穹の昴』では殆ど李鴻章の出番が無かったので途中で放り投げてしまいました。しかし、ドラマ版『坂の上の雲』第一部では出番は少ないながらもキチンと黄馬掛を着た李鴻章が出てきて(しかも結構似た俳優さん使ってましたね)、かなり好感を持ちました。しかも、傍らにいる袁世凱黄馬掛ではない上、ちゃんと背の低いずんぐりむっくりした俳優さん使っていて思わずガッツポーズ取りました。これだよ!

 と、前置きが長くなりましたが、黄馬掛を下賜された三人の肖像です。

《清代名人像冊・曾国藩像》(部分)ii


《左宗棠克複杭州戦図・左宗棠像》(部分)iii


《李鴻章克復蘇州戦図・李鴻章像》(部分)iv


 言わずと知れた洋務派として知られる三人の肖像画です。うーん…スキャナが今ひとつなので、あまり綺麗じゃないですね…。三人とも写真が残ってますけど、特徴を捉えていて意外と似てます。でも、カラーだと印象変わりますね。特に黄馬掛が目に映えます!

  1. 加藤徹『京劇 「政治の国」の俳優群像』中公叢書 P.65 [戻る]
  2. 《清史図典》第十冊 咸豊 同治期 P.35 [戻る]
  3. 《清史図典》第十冊 咸豊 同治期 P.46 [戻る]
  4. 《清史図典》第十冊 咸豊 同治期 P.44 [戻る]

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