天命~康煕の旗王と序列メモ

※マンジュ・グルン建国
建州左衞都指揮使・ヌルハチと建州右衞都指揮使・シュルガチとの二頭体制
四旗制⇒1:黄旗(ヌルハチ)、2:白旗(チュエン)、3:紅旗(ダイシャン)、4:青旗(シュルガチ)
×シュルガチ、チュエン失脚⇒黄旗(ヌルハチ)、紅旗(ダイシャン)、白旗(ホンタイジ)、藍旗(アミン)

※天命年間
両黄旗(ヌルハチ)、両紅旗(ダイシャン)、鑲藍旗(アミン)、正藍旗(マングルタイ)、正白旗(ホンタイジ)、鑲白旗(ドゥドゥ)⇒四大ベイレ(アンバ・ベイレ=ダイシャン、アミン、マングルタイ、ドゥイチ・ベイレ=ホンタイジ)
1:鑲黄旗(アジゲ、ドルゴン)、2正黄旗(ドド)、3:正紅旗(?i)、4:鑲紅旗(ヨト)、5:鑲藍旗(アミン、ジルガラン)、6:正藍旗(マングルタイ、デゲレイ)、7:鑲白旗(?ii)、8:正白旗(ホンタイジ)⇒八ホショ・ベイレ
旗王の序列(天命9年)⇒1:アンバ・ベイレ=ダイシャン、2:モンゴル諸侯、3:アミン・ベイレ、4:マングルタイ・ベイレ、5;ドゥイチ・ベイレ=ホンタイジ、6:アジゲ・アゲ、7:ドド・アゲ、8:アバタイ・アゲ、ドゥドゥ・アゲ、9:ヨト・アゲ、ショセ・アゲ

※天聰年間
三大ベイレ(アンバ・ベイレ=ダイシャン、アミン、マングルタイ)
1:正黄旗(ホンタイジ)、2:鑲黄旗(ホーゲ、アバタイ)、3:正紅旗(ダイシャン、サハリヤン)、4:鑲紅旗(ヨト)、5:鑲藍旗(アミン、ジルガラン)、6:正藍旗(マングルタイ、デゲレイ)、7:鑲白旗(ドルゴン、アジゲ)、8:正白旗(ドド)⇒両黄旗と両白旗の入れ替え
旗王の序列(天聰5年)⇒1:ベイレ・アバタイ(鑲黄旗)、2:ベイレ・デゲレイ(正藍旗)、3:ベイレ・ジルガラン(鑲藍旗)、4:ベイレ・メルゲン・ダイチン=ドルゴン(鑲白旗)、5:ベイレ・エルケ・チュフル=ドド(正白旗)、6:ベイレ・ショト(鑲紅旗)、7:ベイレ・サハリヤン(正紅旗)、8:ベイレ・ホーゲ(正黄旗)

×アミン、マングルタイ、デゲレイの失脚
正黄旗(ホンタイジ)、鑲黄旗(ホーゲ、アバタイ)、正紅旗(ダイシャン、サハリヤン)、正白旗(ドド)、鑲紅旗(ヨト)、鑲白旗(ドルゴン、アジゲ)、鑲藍旗(ジルガラン)、正藍旗()⇒両黄旗:北、両白旗:東、両紅旗:西、両藍旗:南に相当、右翼:正黄旗、正紅旗、鑲紅旗、鑲藍旗、左翼:鑲黄旗、正白旗、鑲白旗、正藍旗

※崇徳年間
×正藍旗解体=新正藍旗再編
1:鑲黄旗(ホンタイジ)、2:正黄旗(ホンタイジ)、3:正白旗(ドド)、4:正紅旗(ダイシャン、サハリヤン)、5:鑲白旗(ドルゴン、アジゲ)、6:鑲紅旗(ヨト)、7:正藍旗(ホーゲ、アバタイ)、8:鑲藍旗(ジルガラン)⇒両黄旗:北、両白旗:東、両紅旗:西、両藍旗:南に相当、左翼:鑲黄旗、正白旗、鑲白旗、正藍旗、右翼:正黄旗、正紅旗、鑲紅旗、鑲藍旗、この頃は上二旗、内六旗(モンゴルなど外藩部の外八旗と比較して”内”)
ホショ・チンワン⇒ホショ・ドロンゴ・チンワン(和碩禮親王)=ダイシャン、ホショ・メルゲン・チンワン(和碩睿親王)=ドルゴン、ホショ・エルケ・チンワン(和碩豫親王)=ドド、ホショ・ウジェン・チンワン(和碩荘親王)=ジルガラン、和碩成親王=ヨト
ドロ・ギュンワン⇒ドロ・バトゥル・ギュンワン(多羅武英郡王)=アジゲ、ドロ・バヤン・ギュンワン(多羅饒餘郡王)=アバタイ

×サハリヤン、ヨト死去
1:鑲黄旗(ホンタイジ)、2:正黄旗(ホンタイジ)、3:正白旗(豫郡王・ドド)、正紅旗(禮親王・ダイシャン)、鑲白旗(睿親王・ドルゴン、武英郡王・アジゲ)、鑲紅旗(衍禧郡王・ロロホン(Lolohon 羅洛宏iii)、鑲藍旗(鄭親王・ジルガラン)、正藍旗(肅親王・ホーゲ、饒餘郡王・アバタイ)

※順治年間
1:鑲黄旗(フリン)、2:正黄旗(フリン)、3:正白旗(睿親王・ドルゴン)、4:正紅旗(禮親王・ダイシャン)、5:鑲白旗(豫親王・ドド、英親王・アジゲ)、6:鑲紅旗(衍禧郡王・ロロホン)、7:鑲藍旗(鄭親王・ジルガラン)、正藍旗(饒餘郡王・アバタイ、肅親王・ホーゲ)⇒崇徳8年のドドの処罰ivにより、鑲白旗と正白旗を換旗。
順治5年、反ドルゴン派粛正
×ホーゲ、ダイシャン、ドド逝去⇒ホーゲ旗下の正藍旗とドド旗下の鑲白旗の換旗が行われる

1:鑲黄旗(フリンv)、2:正黄旗(フリンvi)、3:正白旗(睿親王・ドルゴン)、4:正紅旗(巽親王・マンダハイ(Mandahai 満達海vii)、順承恭恵郡王・レクデフン(Lekdehuni 勒克徳渾viii)、5:鑲白旗(睿親王・ドルゴン)、6:鑲紅旗(敬謹郡王・ニカン(Nikan 尼堪ix)、謙襄郡王・ワクダ(Wakuda 瓦克達x))、7:鑲藍旗(鄭親王・ジルガラン)、8:正藍旗(信親王・ドニ(Doni 多尼xi)、英親王・アジゲ、端重郡王・ボロ(Bolo 博洛))⇒マンダハイ、ニカン、ボロはドルゴンに重用され、理政三王と称された

×ドルゴン逝去直後
1:鑲黄旗(フリン)、2:正黄旗(フリン)、3:正白旗(睿親王・ドルボ(Dorbo 多爾博xii))、4:正紅旗(巽親王・マンダハイ(Mandahai 満達海xiii)、順承恭恵郡王・レクデフン(Lekdehuni 勒克徳渾xiv)、5:鑲白旗(睿親王・ドルボ)、6:鑲紅旗(敬謹郡王・ニカン(Nikan 尼堪xv)、謙襄郡王・ワクダ(Wakuda 瓦克達xvi)、承澤親王・ショセ(Šose 碩塞xvii))、7:鑲藍旗(鄭親王・ジルガラン)、8:正藍旗(信親王・ドニ(Doni 多尼xviii)、端重郡王・ボロ(Bolo 博洛))

×マンダハイ、ボロ、レクデフン、ワクダ、ショセ、ニカン、ジルガランが相次いで逝去
1:鑲黄旗(フリン)、2:正黄旗(フリン)、3:正白旗(フリン)、4:正紅旗(巽親王・チャンガタイxix)、5:鑲白旗(顕親王・フシェオ(富綬 Fušeoxx))、6:鑲紅旗(荘親王・ボゴド(Bokodo 博果鐸xxi))、ベイレ・ドゥルフ(durhu 杜爾砧xxii)))、7:鑲藍旗(鄭親王・ジルガラン、簡郡王・ジドゥ(jidu 濟度xxiii)、敏郡王・レドゥ(ledu 勒度xxiv)、ベイレ・シャンシャン(sangsan 尚善xxv))、8;正藍旗(安郡王・ヨロ(yolo 岳楽xxvi)、信郡王・ドニ)

×フリン崩御時
1:鑲黄旗(フリン)、2:正黄旗(フリン)、3:正白旗(フリン)、4:正紅旗(康親王・ギイェシュxxvii、順承郡王・レルギイェンxxviii、ベイレ・チャンガタイxxix)、5:鑲白旗(顕親王・フシェオ(富綬 Fušeoxxx)、温郡王・モンゴ)、6:鑲紅旗(荘親王・ボゴド(Bokodo 博果鐸xxxi)、ベイレ・ランプxxxii)、ベイレ・ドゥルフ(durhu 杜爾砧xxxiii)))、7:鑲藍旗(テセxxxiv)、8;正藍旗(安郡王・ヨロ(yolo 岳楽xxxv)、ベイレ・チクシンxxxvi、信郡王・チャニxxxvii

※康煕年間
鑲白旗と正藍旗は皇帝庶子が封じられるモノの、他の旗に関しては皇帝といえども基本的に不干渉。
追記:(皇太子冊立時)
1:鑲黄旗(上三旗 皇帝直属 輔国公・常舒(議政王))、2:正黄旗(上三旗 皇帝直属)、3:正白旗(上三旗 皇帝直属)、4:正紅旗(康親王・ギイェシュ(議政王)、順承郡王・レルギイェン(議政王))、5:鑲白旗(顕親王・丹臻、裕親王・福全(議政王)、純親王・隆禧、温郡王・仏永恵)、6:鑲紅旗(荘親王・ボゴド、平郡王家・ロゴド、恵郡王・ボンゴノ、鎮國公・スヌ(議政王))、7:鑲藍旗(簡親王・ラブ、ベイレ・シャンシャン(議政王)、ベイセ・ウンチ(議政王)、輔國将軍・バルカン(議政王))、8:正藍旗(安親王・ヨロ(議政王)、信郡王・オジャ、ベイレ・チャニ(議政王)、ベイレ・ドンゲ(議政王)、恭親王・常寧(議政王))

参考資料:杜家驥《八旗与清朝政治論稿》人民出版社
    :内田直文「清朝入関後における内廷と侍従集団」九州大学東洋史論集 37号
    :鈴木 真 「清朝康煕年間の皇位継承者問題と旗王・権門の動向」史學雜誌 120(1)

  1. 実質的な旗手はダイシャン [戻る]
  2. 実質的な旗手はアバタイ? [戻る]
  3. ヨト長子 [戻る]
  4. ホーゲに接近して范文程の妻を強奪しようとした? [戻る]
  5. ドルゴン実効支配? [戻る]
  6. ドルゴン実効支配? [戻る]
  7. ダイシャン第七子 [戻る]
  8. サハリヤン第二子 [戻る]
  9. チュエン第三子 [戻る]
  10. ダイシャン第四子 [戻る]
  11. ドド第二子 [戻る]
  12. ドド第五子、ドルゴンの養子 [戻る]
  13. ダイシャン第七子 [戻る]
  14. サハリヤン第二子 [戻る]
  15. チュエン第三子 [戻る]
  16. ダイシャン第四子 [戻る]
  17. ホンタイジ第五子 [戻る]
  18. ドド第二子 [戻る]
  19. 常阿岱 マンダハイの長子 [戻る]
  20. ホーゲ第四子 [戻る]
  21. ショセ・長子 [戻る]
  22. ドゥドゥの長子 [戻る]
  23. ジルガラン第二子 [戻る]
  24. ジルガラン第三子 [戻る]
  25. ジルガランの弟のフィヤングの子 [戻る]
  26. アバタイ第四子 [戻る]
  27. ダイシャン八子・フセ後裔 [戻る]
  28. サハリヤン系 [戻る]
  29. マンダハイ後裔 [戻る]
  30. ホーゲ第四子 [戻る]
  31. ショセ・長子 [戻る]
  32. 順治18年6月、敬謹親王を継位 [戻る]
  33. ドゥドゥの長子 [戻る]
  34. 順治18年2月荘親王襲位 [戻る]
  35. アバタイ第四子 [戻る]
  36. 端重親王家、順治帝崩御の二日後に没。無嗣断絶 [戻る]
  37. 順治18年正月より空位、同年6月襲位 [戻る]

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