聶隱娘

 と言うワケで、先週、《刺客 聶隱娘(英題:The Assassin 邦題:黒衣の刺客)》を見に行ってきました。

 以下ネタバレで感想を入れつつちょっとしたネタを。

 映画の感想を一言で言うと……。実に睡い。とても睡い。圧倒的に睡い映画でした。都合30回は意識を失ったはずですが、劇場で意識を失った映画は自分は他に覚えがありません。というか、劇場で寝たとか多分初めてに近い経験。しかも、30回ともなると、多分空前絶後だと思います。で、つまらなかったかというと…自分は大層気に入ってます。パンフレットも買いましたし、恐らく海外版のBDも買うと思います。
 で、なんで睡かったのかというと、基本引きの画面での綺麗な風景に、極端なまでに少ないセリフで、経過や結果をセリフでズバッと説明しないんですよね。もっとも、画面でもどうとでも取れる綺麗な絵が流れるので、一度見ただけだと何のこっちゃか分からないンですよね。自分は鑑賞中度々気を失ったために、パンフ読んで始めて知る情報が多すぎて驚きました。こんなにストーリー解釈の上で役に立つパンフ初めてです…。
 睡いけど、面白くないというわけではないので、実に難しいのですが…。まぁ、ストーリー展開はオリジナル要素が目白押しでむしろ素直に映像化した方が分かりやすかったと思いますが、まあ、それは置くとして…。

 元々、聶隠娘は有名な古典ネタなので、この《刺客聶隠娘》と言う映画を、日本に置き換えると『竹取物語』と『かぐや姫の物語』みたいなモンだと思います。聶隠娘は《太平廣記》巻百九十四 豪侠二 に収録されています。
 訳自体は岩波文庫の『唐宋伝奇集 下』の「空を飛ぶ侠女─聶隠娘」あたりが手に入りやすいと思います。短いけどストーリーがあって、唐宋伝奇によくある投げっぱなしのオチで自分も大好きな話です。

 ちょっと中身を見つつ、映画のどの辺がオリジナル要素なのか見ていきましょう。

聶隱娘者,唐貞元中,魏博大將聶鋒之女也。年方十歲,有尼乞食于鋒舍,見隱娘悅之。云。問押衙乞取此女教。鋒大怒,叱尼。尼曰。任押衙鐵櫃中盛,亦須偷去矣。及夜,果失隱娘所向。鋒大驚駭,令人搜尋,曾無影響。父母每思之,相對涕泣而已。後五年,尼送隱娘歸。告鋒曰。教已成矣,子却領取。尼歘亦不見。一家悲喜。問其所學,曰。初但讀經念呪。餘無他也。鋒不信,懇詰。

 初めは一緒ですね。聶隠娘は魏博節度使の部将・聶鋒の娘です。関係ないですけど、何となくこの映画の美術の元ネタの一つが〈韓熙載夜宴図〉じゃないかという気がするんですが、聶鋒のメイクが割とこの絵の韓熙載にそっくりで感心してました。

〈韓熙載夜宴図〉部分

〈韓熙載夜宴図〉部分


 真ん中でバチ持ってる人物が韓熙載ですが、この映画の聶鋒によく似てます。
 彼女が十歳になった時に、聶鋒の家に尼さんが物乞いに来ます。早速映画のオリジナル要素ですね。聶隠娘の師匠は道姑ではなく尼僧です。映画では元・嘉信公主の道姑ですが、何というか出自からして違いますけど、そう言えば何で姉妹の嘉誠公主が嫁いだからって彼女は魏博について来たんですかね…。てか、調べて見ると、嘉誠公主って唐・代宗の娘で魏博節度使・田緒に嫁いでる趙國莊懿公主の事で、実在の人物なんですね…。

趙國莊懿公主,始封武清。貞元元年,徙封嘉誠。下嫁魏博節度使田緒,德宗幸望春亭臨餞。厭翟敝不可乘,以金根代之。公主出降,乘金根車,自主始。薨元和時,贈封及謚。i

 貞元年間に魏博に下嫁されてるので、確かに聶隠娘に絡んでてもおかしくない人なんですね…。

 で、尼さんは聶隠娘を見なり大層喜んで「押衙(役職)さん、その子に色々教えてあげたいので私にくださいな!」と無茶振りにも程があることを言い出します。映画では聶隠娘の父母が聶隠娘の身を守るために、師匠に預けたような感じになってましたが、そもそも武當山がロケ地になるような立派な本拠地があるわけではない乞食僧なので、印象かなり違いますね…。
 それはともかく、キツネリスの子じゃあるまいし、娘をいきなり来た尼さんにホイホイ渡すわけ有りませんから、聶鋒は怒って尼さんをしかりつけます。しかし、尼さんは「押衙さんが鉄の長持ちに入れたところで、連れて帰りますけどね」と言い放ちます。白昼かどうかはともかく、堂々誘拐宣言です。タチの悪い誘拐犯ですよこの人。
 で、果たして夜になると聶隠娘は忽然と姿を消してしまいます。聶鋒は驚いて人を遣って探させましたが、影も形も見つかりませんでした。聶鋒夫婦は娘を思っては、互いに涙を流すばかりでした。失踪事件簿ですよ!神隠しですよ!犯人判明してますけど。と言うワケで、聶隠娘の師匠は原作ではかなり怪しい誘拐犯です。
 そうこうするうちに5年後、尼さんが聶隠娘を返してきました。大きくなりすぎたから飼えなくなったペット感覚ですかね…。
 ともあれ、尼さんは聶鋒に「課程を修了したので見事卒業です!私が教えることはもうありません!」と告げると、姿を消しました。厄介なことでも起こったような言いぐさですね…。逃げるように去って行ったようです。この辺も映画ではその後も所在ははっきりしていた道姑とは違います。
 ようやく一家再会出来て積もる話もあります。とりあえず、聶鋒は聶隠娘に今まで何を学んできたのかと問います。聶隠娘答えて言うに「初めは読経したり、呪文念じたりしてたわ~。他には…別に何もなかったわ~。」と。聶鋒はそんな訳有るか!と信じられないので詰め寄ります。普通に全寮制の宗教施設に入っていたら、五年も音信不通なワケ無いですから、そりゃ詰問もしますね。

隱娘曰。真說又恐不信,如何。鋒曰。但真說之。曰。隱娘初被尼挈,不知行幾里。及明。至大石穴之嵌空數十步,寂無居人,猿狖極多,松蘿益邃。已有二女,亦各十歲,皆聰明婉麗不食。能於峭壁上飛走,若捷猱登木,無有蹶失。尼與我藥一粒。兼令長執寶劒一口。長二尺許,鋒利,吹毛令剸,逐二女攀緣,漸覺身輕如風。一年後,刺猿狖。百無一失。後刺虎豹,皆決其首而歸。三年後能飛,使刺鷹隼,無不中。劒之刃漸減五寸。飛禽遇之,不知其來也。

 聶隠娘曰く「多分、ホントのことを言っても信じて貰えない。こまった~。」と。聶鋒曰く「ただ本当のことを話せば良い」と。怪談の常套句が出てきますね。てか、この辺なんか言い訳考えておかなかったんですかね…。
 で、やれやれという具合に聶隠娘は話し始めます。「初めにお師匠に連れ出された時、家からどれくらい離れたのかわからんかった。明け方になると、奥行き数十歩程の広さの、誰も居ない寂しい洞窟についたんよ。周り見たら猿とか尾長猿とか、要するに猿がいっぱい居て、松や蘿(かずら)が蔓延ってた。私より先に二人の少女が先にいたけど、みんな10歳だって言ってた。二人とも聡明で綺麗で……だけど何も食べなかったんよ。でも、断崖絶壁の上を飛ぶように走ることが出来たし、猿のように素早く木に登って足を滑らすようなヘマはせんかったんよ。
 で、お師匠が私に一粒の薬丸を飲ませて、長い宝剣を一降り持たせたんよ。宝剣は長さ二尺くらいで、毛を刃に向けて吹きつければ真っ二つになるってくらい鋭利なやつ。で、お師匠はまず、私に先輩二人を追いかけるように命令したんだけど、追いかけてる内に自分の身体が風のように軽くなるのが分かったわ。
 一年もすると、色んな猿を百回やれば百回とも刺せるようになってきて、次は虎とか豹とか刺して、皆その首を落として帰ってきたもん。
 三年後には飛べるようになって、鷹や隼を外すこと無く刺すことが出来た。この頃になると、宝剣は長さ五寸くらいに減ってたんよ。鳥とすれ違ったら、鳥が気がつかないうちに刺せた。」と、聶隠娘の回想シーンは途中ですが、聶隠娘はバリバリのテロキャンプに連れてかれてたみたいですね…。さらってきた子供を暗殺訓練って今でも紛争地区の話とし紹介されたりするんですが…。てか、聴かれたからってこんなにすんなり答えて良かったんでしょうか?てか、このあたりの山の老人の教団みたいな設定って唐代ではよくあることだったのかしら?と、いぶかしく思う程割と過程が細かく書かれているように思います。短い文章なのに妙に迫力があります。

至四年,留二女守穴,挈我於都市,不知何處也。指其人者,一一數其過曰。為我刺其首來,無使知覺。定其膽,若飛鳥之容易也。受以羊角匕首,刀廣三寸。遂白日刺其人於都市,人莫能見。以首入囊,返主人舍,以藥化之為水。五年,又曰。某大僚有罪,無故害人若干。夜可入其室,決其首來。又攜匕首入室,度其門隙,無有障礙,伏之梁上。至瞑,持得其首而歸。尼大怒曰。何太晚如是。某云。見前人戲弄一兒可愛,未忍便下手。尼叱曰。己後遇此輩。先斷其所愛,然後決之。某拜謝。尼曰。吾為汝開腦後藏匕首,而無所傷。用即抽之,曰。汝術已成,可歸家。遂送還。云後二十年,方可一見。

 聶隠娘の回想の続きです…「四年も経つと、洞窟に先輩二人を留守番にして、お師匠は私をどこだか知らない街に連れてった。そこである人を指さして、その人の今まで犯した罪を一々あげつらって『私のためにあやつを刺して、その首を持って来られるね?相手に悟られないように…度胸を据えてやれば、飛ぶ鳥を落とすように簡単さね。』と言ったんね。刃渡り三寸の羊角の匕首を受け取って、そのまま白昼その人を街中で刺したんだけど、気づけた人はおらんかった。私は首を袋に入れて、お師匠さんのいる宿に持っていったら、薬で溶かして水にしてしまったんよ。
 五年目に、お師匠さんはまた『某大物官僚には、理由も無く人を殺したという罪があるのね。夜、その人の部屋に行って、首を取ってきて欲しいの!』と言われたので、私は匕首を片手に部屋に忍びこんだんね。門の隙間からするりと忍び込んで、何の障害も無く梁の上に登って待ち伏せしてたんよ。で、夜も更けた頃になって、ようやくその大物官僚の首を持って帰ったら、お師匠が『何をこんなにグズグズしていたのよ!』と、プリプリ怒るの。私は『標的が子供と遊んでいるのが可愛かったモノだから、つい手を下すのに忍びなかったんッス!』って弁解したら、お師匠は『今後、こう言う人に出くわしたら、まず、標的が愛するモノから切り捨ててから、標的を切りなさい!』と私を叱ったんね。私が拝礼してお詫びすると、お師匠は『あなたの脳の後を開いて、匕首を隠せるようにしま~す。傷をとかはつきませ~ん。使う時は素早く抜いてね?』と言って手術が終わると、『取りあえず、あなたの修行はこれで修了とします!家に帰ってよし!』と言われたので、取りあえず帰ってきました。あ、最後に師匠は『二十年後に又会いましょう!』とか言ってました。」……と言うワケで、この辺は映画にも出てきましたね。修行の様も出てきましたし、聶隠娘の得物の匕首が特殊な形しているのも、小説が出典です。でも、もっと具体的には、標的となった人物が子供をあやしていて殺すに忍びなかった(けど殺した)あたりは、序盤に結構尺割いてましたね。個人的には頭の後ろを改造するのをワクワクして待ってたんですが、改造しなくてガッカリです。
 てか、誤解のしようのない記述ですね…。カルト集団に誘拐されて訓練受けたのに、なんだか人の心が捨て切れそうに無いので、改造した上で世に放ったように見えます。映画のようにその後何かコントロールをしたようにも見えません。尼さん何したかったんですかね?

鋒聞語甚懼,後遇夜即失蹤,及明而返。鋒已不敢詰之,因茲亦不甚憐愛。忽值磨鏡少年及門,女曰。此人可與我為夫。白父,父不敢不從,遂嫁之。其夫但能淬鏡。餘無他能。父乃給衣食甚豐,外室而居。數年後,父卒。

 聶鋒はこの話を聞くと娘を怖がってしまい、その後、聶隠娘が夜中に出歩いて朝帰りしても、叱ることはありませんでした。この話を聞いてしまったことで、娘を心から愛することは出来なくなってしまったのです。…なんだか、悲しいですね。このあたりのやっと戻ってきた娘だけど、なんだか暗殺マシーンになってしまったと言うし、どう接して良いものやら分からない…という感じの描写も欲しかったように思います。あんまり無かったですもんね。
 ある日、鏡を磨く少年が自宅の門を通りかかったところ、娘は「この人なら私の夫となることができる!」と言い出したので、父親としては敢えてその要求を呑まないわけにもいかず、この少年に娘を嫁がせました。この夫は、ただ鏡が磨けると言うだけで、他に何か能力や才能があるわけではないので、父親は衣食を充分以上に与えて、別宅に住ませました。数年後、父親は他界します。…と言うワケで、妻夫木の元キャラですが、別に日本から来た人じゃないですし、日本に妻を残してきたとかそう言うことも無く、聶隠娘や聶鋒の危ないところを救ったとか全くなく、聶鋒の家の前を通りかかった時に、見ず知らずの肉食系女子・聶隠娘にハントされた感じデスね。もうこの辺から映画は原作とかけ離れてくるわけです。

魏帥稍知其異,遂以金帛署為左右吏。如此又數年。至元和間,魏帥與陳許節度使劉昌裔不協,使隱娘賊其首。引娘辭帥之許。劉能神筭,已知其來。召衙將,令來日早至城北,候一丈夫一女子,各跨白黑衛。至門,遇有鵲前噪夫,夫以弓彈之,不中,妻奪夫彈,一丸而斃鵲者。揖之云。吾欲相見,故遠相祗迎也。衙將受約束,遇之。隱娘夫妻曰。劉僕射果神人,不然者,何以洞吾也,願見劉公。劉勞之。隱娘夫妻拜曰。合負僕射萬死。劉曰。不然,各親其主,人之常事。魏今與許何異,顧請留此,勿相疑也。隱娘謝曰。僕射左右無人,願舍彼而就此,服公神明也。知魏帥之不及劉。劉問其所須,曰。每日只要錢二百文足矣。乃依所請。忽不見二衛所之,劉使人尋之。不知所向。後潛收布囊中,見二紙衛,一黑一白。

 で、父が他界した後、悪の魏博節度使の依頼を受けるんですが、田季安と言う名前は原作にはでてきません。個人的にはこの映画の売りは、張震が演じる魏博節度使・田季安だとは思うんですが、原作では名前も出て来ないよく分からない人なんですよね。史実の人物ではあるんですけど…。

《舊唐書》⇒季安,字夔。母微賤,嘉誠公主蓄為己子,故寵異諸兄。年數歲,授左衞冑曹參軍,改著作佐郎、兼侍御史,充魏博節度副大使;累加至試光祿少卿、兼御史大夫。緒卒時,季安年纔十五,軍人推為留後,朝廷因授起復左金吾衞將軍,兼魏州大都督府長史、魏博節度營田觀察處置等使。服闋,拜銀青光祿大夫、檢校尚書右僕射,進位檢校司空,襲封雁門郡王。未幾,加金紫光祿大夫,以本官同中書門下平章事。
季安幼守父業,懼嘉誠之嚴,雖無他才能,亦粗修禮法;及公主薨,遂頗自恣,擊鞠、從禽色之娛。其軍中政務,大抵任徇情意,賓僚將校,言皆不從。免公主喪,加檢校司徒。元和中,王承宗擅襲戎帥,憲宗命吐突承璀為招撫使,會諸軍進討。 季安亦遣大將率兵赴會, 仍自供糧餉。師還,加太子太保。
季安性忍酷,無所畏懼。有進士丘絳者,嘗為田緒從事,及季安為帥,絳與同職侯臧不協,相持爭權。季安怒,斥絳為下縣尉,使人召還,先掘坎於路左,既至坎所,活排而瘞之,其兇暴如此。元和七年卒,時年三十二,贈太尉。子懷諫、懷禮、懷詢、懷讓。ii
《新唐書》⇒季安字夔。母微賤,公主命為己子,寵冠諸兄。數歲,為左衞冑曹參軍、節度副使。緒死時,年十五,匿喪觀變,軍中推為留後,因授節度使。除喪,加檢校尚書右僕射,進位檢校司空,俄同中書門下平章事。季安畏主之嚴,頗循禮法。及主薨,始自恣,擊鞠從禽,酣嗜欲,軍中事率意輕重,官屬進諫皆不納。會詔中尉吐突承璀以神策兵討王承宗,季安謀曰:「王師不跨河二十五年,今越魏伐趙,趙誠虜,魏亦虜矣,奈何?」或請以五千騎決除君憂。季安曰:「善,沮軍者斬!」時幽州劉濟將譚忠適使魏,聞之,入見季安曰:「往年王師取蜀取吳,算不失一,是宰相謀也。今伐 趙,不使耆臣宿將而付中臣,不起天下甲而出秦甲,君知誰為之謀?此上自為謀,以夸服臣下。若師未叩趙,而先碎於魏,是上之謀不及下,且能不恥!既恥且怒,必任智畫,仗猛將,再舉涉河。鑒前之敗,必不越魏誅趙;校罪輕重,必不先趙後魏。是上不上,下不下,當魏而來也。」季安曰:「計安出?」忠曰:「王師入魏,君厚犒之。悉甲伐趙,而陰遺趙書曰:『魏若伐趙,為賣友;魏若與趙,為反君。賣友反君,魏不忍受。執事能弛陴鄣,遺一城,魏得持之獻捷天子以為符,此使魏北得以奉趙,西得以為臣,不世之利也。』趙不拒君,則魏安矣。」季安然之,遣大將率兵會王師伐承宗,糧餉自辦,取堂陽以報,加太子太保。有丘絳者,父時賓佐,與同府侯臧爭權,季安怒,斥為下縣尉,俄召還,先坎道左,既至,生瘞之。忍酷無忌憚,大抵如此。死年三十二,贈太尉。iii

 まぁ、嘉誠公主の実の子ではなかったとか、15歳にして魏博節度使を継いだとか、嘉誠公主が薨じたあとに歯止めがきかなくなって酒や女に溺れて、最終的には元和7(812)年に数え32歳で亡くなったということです。映画の舞台は正に嘉誠公主薨去後ですから、絵に描いたような悪徳領主だったってコトになりますかね。
 で、映画とは関係ないんで訳はスッ飛ばしますが、魏博節度使は対立した陳許節度使・劉昌裔を暗殺するように聶隠娘に依頼します。しかし、標的の劉昌裔は予知でこれを察知して、聶隠娘夫妻をもてなし、聶隠娘夫妻は魏博節度使が劉昌裔に及ばないことを悟り、劉昌裔に魏博節度使ほどの警護がいない事を知って、いきなり劉昌裔に寝返ります。それはともかく、旦那も普通に術使ってるみたいですから、鏡磨くしか能の無い人というのは、ちょっと言い過ぎですね。やはり、能力的にも、聶隠娘にはこの人しか居なかったんでしょう。
 映画とは関係ないんですが、陳許節度使・劉昌裔も実在の人物ですね。陳許節度使は軍額が忠武軍なので、忠武軍節度使ですね。

《舊唐書》⇒劉昌裔,太原陽曲人。少遊三蜀,楊琳之亂,昌裔說其歸順。及琳授洺州刺史,以昌裔為從事,琳死乃去。曲環將幽隴兵收濮州也,辟為判官。詔授監察御史,累加至檢校兵部尚書,賜紫,兼中丞,充營田副使。貞元十五年,環鎮許州,卒,詔上官涗知節度留後。吳少誠攻許州,涗領事,欲棄城走。昌裔追止之曰:「留後既受詔,宜以死守城。況城中士馬足以破賊,但堅壁不戰,不過五七日,賊勢必衰,我以全制之可也。」涗然之。賊日夕攻急,堞壞不得修,昌裔令造戰棚木柵以待,募壯士破營,得突將千人,鑿城分出,大破之,因立戰棚木柵於城上,城以故不陷。兵馬使安國寧與涗不善,謀反以城降賊,事洩,昌裔密計斬之。即召其麾下千餘人食之,賞縑二匹,伏兵諸要巷,令持縑者悉斬之,無一人得脫。十六年,以全陳許功,以涗為節度使,昌裔為陳州刺史。
韓全義之敗溵水也,與諸道兵皆走保陳州,求舍,昌裔登城謂曰:「天子命公討蔡州,今來陳州,義不敢納,請舍城外。」而從千騎入全義營,持牛酒勞軍。全義不自意,驚喜歎服。 十八年,改充陳許行軍司馬。明年,涗卒,詔昌裔為許州刺史,充陳許節度使,再加檢校右僕射。
元和八年五月,許州大水,壞廬舍,漂溺居人。六月,徵昌裔加檢校左僕射,兼左龍武統軍。初,昌裔以老疾而軍府無政,因其水敗軍府,上乃促令韓臯代之。昌裔赴召,至長樂驛,聞有是命,乃上言風眩,請歸私第,許之。其年卒,贈潞州大都督。iv
《新唐書》⇒劉昌裔字光後,太原陽曲人。幼重遲不好戲,常若有所思度。及壯,策說邊將不售,去入蜀。楊子琳亂,昌裔說之。子琳順命,拜瀘州刺史,署昌裔州佐。子琳死,客河朔間。 曲環方攻濮州,表為判官。為環檄李納,剴曉大誼,環上其稾,德宗異之。環領陳許軍,又 從府遷。累進營田副使。環卒,上官涗知後務,吳少誠引兵薄城,涗欲遁去,昌裔止曰:「受詔而守,死其職也。 況士馬完奮,足支賊。若堅壁不戰七日,賊氣必衰,我以全制之可也。」涗許諾。賊攻堞壞, 不得脩。昌裔密造飛棚聯柵,即募突將千人鑿城以出,擊賊走之。比還,柵已立,守陴遂 安。兵馬使安國寧謀應賊,昌裔以計斬之;召其麾下千人為饗,人賞二縑,乃伏兵于道,令 「持縑者斬」,一不能脫,賊聞解去。以功擢涗陳許節度使,昌裔陳州刺史。韓全義敗于溵水,引軍走陳,求入保,昌裔登陴揖曰:「天子命君討蔡,何為來陳?且賊 不敢至我城下,君其舍外無恐。」明日,從十餘騎持牛酒抵全義營勞軍,全義不自意,迎拜 歎服。改陳許行軍司馬。涗卒,軍中推昌裔,有詔檢校工部尚書,代節度。命境上吏不得犯 蔡人,少誠吏有來犯者,捕得,縛送使自治之。少誠慚,其軍亦禁境上暴掠者。封彭城郡 公。
元和八年,大水壞廬舍,溺居人,以檢校尚書左僕射兼左龍武統軍召還京師。始,憲宗惡昌裔自立,欲召之而重生變,宰相李吉甫曰:「陛下乘人心愁苦可召也。」遂以韓皋代之。 至長樂驛,知帝意,因稱風眩臥第。歲中卒,贈潞州大都督,謚曰威。v

 訳しませんが、未来予知するような逸話はなさそうですね……w

後月餘。白劉曰。彼未知住,必使人繼至。今宵請剪髮,繫之以紅綃,送于魏帥枕前。以表不廻。劉聽之。至四更却返曰。送其信了,後夜必使精精兒來殺某,及賊僕射之首。此時亦萬計殺之,乞不憂耳。劉豁達大度,亦無畏色。是夜明燭,半宵之後,果有二幡子一紅一白。飄飄然如相擊于牀四隅。良久。見一人自「自」字原闕,據明鈔本補。空而踣,身首異處。隱娘亦出曰。精精兒已斃。拽出于堂之下,以藥化為水,毛髮不存矣。隱娘曰。後夜當使妙手空空兒繼至。空空兒之神術,人莫能窺其用,鬼莫得躡其蹤。能從空虛之入冥,善無形而滅影。隱娘之藝,故不能造其境,此即繫僕射之福耳。但以于闐玉周其頸,擁以衾,隱娘當化為蠛蠓,潛入僕射腸中聽伺。其餘無逃避處。劉如言。至三更,瞑目未熟。果聞項上鏗然。聲甚厲。隱娘自劉口中躍出。賀曰。僕射無患矣。此人如俊鶻,一搏不中,即翩然遠逝,耻其不中。纔未逾一更,已千里矣。後視其玉,果有匕首劃處,痕逾數分。自此劉轉厚禮之。

 で、劉昌裔暗殺を諦めない魏博節度使は、まず、子飼いの暗殺者・精精兒を差し向けます。どうやら原作では聶隠娘はこの精精兒の事を知って居るみたいです。映画では派手な金仮面卿が現れたと思ったら、パンフで確認したところアレが精精兒だったと後で気がつく位で原作とは名前だけ借りた別キャラですね…。田元氏=田家に嫁いだ元家の娘さんを演じている周韵が一人二役で精精兒も演じていると言われても、それが効果的なのか悩むとこですね…。ちなみに、田季安は昭義行軍司馬・元誼の娘を娶っているので、この田元氏と話でしか出てきていない元誼も史実の人物です。

《舊唐書》⇒懷諫母,元誼女。及季安卒,元氏召諸將欲立懷諫,眾皆唯唯。懷諫幼,未能御事,軍政 無巨細皆取決於私白身蔣士則,數以愛憎移易將校。衙軍怒,取前臨清鎮將田興為留後,遣懷諫歸第,殺蔣士則等十餘人。田興葬季安畢,送懷諫於京師,乃起復授右監門衞將軍, 賜第一區,芻米甚厚。田氏自承嗣據魏州至懷諫,四世相傳襲四十九年,而田興代焉。vi
《新唐書》⇒妻元誼女,召諸將立其子懷諫,最幼,不能事,政決於私奴蔣士則,數易置諸將,軍中怒,取田興為留後,所謂田弘正者,以懷諫歸第,殺士則等十餘人。季安既葬,送懷諫京師, 授右監門衞將軍,寵錫蕃渥。vii

 なんだか、自分の子・田懷諫を擁立しようとして魏博の将士の同意を得られず、却って将士に田興を担ぎ出されてクーデターにあったみたいですね。多分、劇中の田季安の息子達の名前も、《新唐書》に沿った名前になっていたと思います。細かいwで、映画の中で聶隠娘が危惧したとおり、田季安がこのタイミングでいなくなると、魏博が混乱するわけです。となると、映画の道姑はあの後第二第三の刺客を放って田季安を殺したと言うことなんですかね…。
 と言うワケで、田季安時代に左遷されたり穴に埋められたかはともかく、田興も史実の人物です。もっとも、田興はこの後、憲宗から弘正と賜名されているので、むしろ田弘正として有名ですね。
 で、精精兒を撃退したら、今度は強敵・空空兒が刺客としてやってくる!と言う話になります。原作では精精兒と空空兒に師弟関係はありません。ココでまた妖術合戦を行い、マジックアイテム・于闐玉で空空兒の斬撃を止めて、魏博からの刺客を一掃します。映画にも空空兒は出て来るんですが、日本語パンフレットでも精精兒の師匠としか書かれてませんが、やたらヒゲと眉毛の長いソグド僧っぽい坊さんがどうやら空空兒だったようです。漢語版の人物相関図見ると確かに空空兒になっていますね。
相関図
 これ見ると、先ほど引用した《新・舊唐書》の田元氏の下りに出て来る、私奴・蔣士則も出てきてたんですね…。妙に細かいw

自元和八年,劉自許入覲,隱娘不願從焉。云。自此尋山水,訪至人,但乞一虛給與其夫。劉如約。後漸不知所之。及劉薨于統軍,隱娘亦鞭驢而一至京師,柩前慟哭而去。開成年,昌裔子縱除陵州刺史,至蜀棧道,遇隱娘,貌若當時,甚喜相見,依前跨白衛如故。語縱曰。郎君大災,不合適此。出藥一粒,令縱吞之。云來年火急拋官歸洛,方脫此禍。吾藥力只保一年患耳。縱亦不甚信,遺其繒綵,隱娘一無所受,但沉醉而去。後一年,縱不休官,果卒于陵州。自此無復有人見隱娘矣。出《傳奇》

 で、元和8(813)年になると、劉昌裔は参内のために許州を発ちましたが、聶隠娘は同行しませんでした…。と、この辺も先に見た《新・舊唐書》でも書いてますから、劉昌裔に関しては史実なんですね。ただ、その年の内に劉昌裔は亡くなったみたいなので、聶隠娘と連絡が取れなくなってしまった…と言う程年月が空いてないと思います。ともあれ、劉昌裔が没して、その子の劉縱の没後は聶隠娘を見た人もいないと言うことです。劉縱については史書には出て来ないので、実在の人物かは確認できないんですが、居てもおかしくないですね。
 と言うワケで、聶隠娘は映画と同じく世間から姿を消すのですが、新羅とか日本はあんまり関係ないでしょうねぇ…。

 何だかとっちらかってしまいましたが、映画の感想と原作の相違点をつらつら書いてみました。調べて見ると、無駄に史実に寄せてるのにもビックリしましたが、それより原作の方が史実抑えててちょっと面白かったデスね。……なんで、映画では劉昌裔切っちゃったんですかねぇ…w

  1. 《新唐書》巻八十三 列傳第八 諸帝公主 代宗十八女 [戻る]
  2. 《舊唐書》巻一百四十一 列傳第九十一 田承嗣 姪悅 子緒 緒子季安 [戻る]
  3. 《新唐書》巻二百一十 列傳第一百三十五 藩鎮魏博 田承嗣 悅 緒 季安 懷諫 縉 [戻る]
  4. 《舊唐書》巻一百五十一 列傳第一百一 劉昌裔 [戻る]
  5. 《新唐書》巻一百七十 列傳第九十五 劉昌裔 [戻る]
  6. 《舊唐書》巻一百四十一 列傳第九十一 田承嗣 姪悅 子緒 緒子季安 [戻る]
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