東洋文庫収蔵 皇史宬旧蔵紅綾本《大清聖祖仁皇帝實録》漢文本の書影

 以前、東洋文庫収蔵 皇史宬旧蔵紅綾本《大清聖祖仁皇帝實録》漢文本についてと言う記事に於いて東洋文庫収蔵の紅綾本について記事を書きましたが、実物を見に行って手続きの上で書影の撮影を依頼できたので(有料)、その画像をこっそりアップです。


 まずは函です。発色がいい巻数を取ってしまったので、函と中身が合ってません。これは第63函ですね…中身は187巻~189巻が入ってます。

 一方、表紙は東洋文庫蔵の最初の巻、151巻です。第51函に入っていたんですが、函の方がちょっとくすんでいたんですよねぇ…。できるだけ保存がいい函の方を優先しちゃいました。一般的に紅綾本と言われている装丁ですが、実物を見たところとても鮮やかで綺麗なオレンジでした。橙綾本ってイメージでしたね。

 折角なので中身も見てみましょう。冒頭巻151です。

 手元の盛京本の影印本の151巻を確認したらこんな感じですね…。むむ…。盛京本皇史宬本は同じ大紅綾本のはずなんですが、何というか行が違いますね…。《清實録》影印説明にはこうあります。

大紅綾本、書用涇縣榜紙、畫朱絲欄、胡蝶装、毎半葉九行、行十八字。i

 うむ…説明は間違ってませんが、盛京本皇史宬本とで巻頭題名の一行あたりの文字数が何故か違うために、一行ずつずれてるんですね…。なるほど。写本する時の担当者のフィーリングでこのあたりは何とでもなったんですかね…。

 で、次に皇帝の諱に関する記述法に関しても確認して見ました。巻187の皇四子 胤禛の記述です。”胤禛“の名前の所には黄色い絹が張られてその上に諱が書かれています。諱を黄色い絹で隠すのかと思ったんですが、實録ではそうしないんですね。

 影印本だとこの辺黒くなってて分からない部分です。これ見るまで、名前の上に何か張って諱を隠してるのかなぁ…と思ってたんですが、むしろ装飾してました。

 で、八ヶ国連合軍北京占領後に損傷した行方不明の實録を補填した…とされている紫綾本についても確認してきました。第67函ですね。

 紅綾本に比べるとなんというか…すべてに於いて雑という印象を受けました。留め具一つとっても気合いの入り方が違う気がします。

 こちらは紫綾本の表紙です。絹の模様なんかも紅綾本と比較するとやっぱり粗いです。

 で、巻199ですが、とにかく粗い…。

 で、中身なんですが…。サイズは同じなのに紙の手触りからしてあれ?って感じです。手触りからして違うんすよね…。

 改行に関しては…盛京本と全く一緒ですね。紫綾本が元にしたのは内閣本のようですから、元になったのは小紅綾本のはずですが…キッチリ合ってますね。困りました。盛京本内閣本は共通で皇史宬本だけが改行が違うって事なんすかねぇ…。

 ついでに後の皇帝の諱についても確認して見ました。巻200です。

 皇四子の後の”胤禛“が抜けてますね…。なんか、後からやればいいやと思っていたら後からやるのがめんどくさくなったみたいな感じです。

 盛京本を確認すると普通に”胤禛“が入っていますから、この巻だけ忌避してるってワケではないでしょうねぇ…。

 と言うわけで、凄い…北京第一歴史档案館北京故宮に行かなくても實録の実物見られるんだ…というだけの記事でした。

  1. 《清實録》影印説明 P.9 [戻る]

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