ホンタイジのモンゴルかぶれ

 図書館で見つけた、内藤虎次郎 等輯『満蒙叢書 第9巻 瀋陽日記』満蒙叢書刊行会 をペラペラ捲っていたところ

この日記の如きは實に其史料中最も正確に、且つ重要なるものにして、之によりて淸實錄の記事の正確なることを證するに足り、時としては其の失載せる事實を明にすべきものあり。試みにその一二の例を舉ぐれば、淸實錄順治元年四月朔日の條に、粛親王豪格の爵を削りしことを載せ、その由來をも詳かに記せるも、然もこの日記の前月二十九日及び四月四日の記事を見れば、この事の始末に於いて相發明するに足るものあり。殊に淸軍の李自成と山海關に於ける交戰の如きは、睿親王が行軍の途に於いて吳三桂の使に接せしことより山海關外に於ける戰狀に至るまで、淸實錄とこの日記とは其月日は符合し、其記事は相輔けて、當日の實情を明白ならしむるものあり、聖武記の記事が月日、事實に於いて並びに正確を缺くのに比にあらず。i

などと興味深い事が冒頭の「瀋陽日記 解題」に書いてあり、うっひょー!入関時期の同時代史料や!と、ワクワクしながらページを何度もめくったのですが、お目当ての順治元年の記事になかなかたどり着きませんでした。
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  1. 『満蒙叢書 第9巻』瀋陽日記 解題P.3 [戻る]