花の鎌倉:光明寺

4 Comments

 と言うワケで、先週末には鎌倉に花見に行ってきました。またかと言われながらデスが、何度行っても良い街デスよw

 今回は光明寺九品寺補陀洛寺宝戒寺覚園寺鶴岡八幡宮という感じのコースでした。
 今回、参考にしたのは松尾剛次『鎌倉 古寺を歩く―宗教都市の風景』歴史文化ライブラリー という本ですデス。

光明寺本堂

 光明寺鎌倉時代には小坪といわれた鎌倉中(乱暴に言うと、東京で言うところの23区に相当)の東南の境界線上にあるお寺です。今までは北鎌倉…つまり山内あたりを中心に回っていたので、結構新鮮です。

光明寺本堂裏の庫裏

 光明寺江戸時代以降にこの地に移って来たと推測されます。それ以前はこの土地には極楽寺系のお寺があったみたいですね。結構敷地が広いお寺なのに今まで足を運んでいなかったのは、割と新しい寺だから…と言うコトもあるわけです。

かすかに見える和賀江島

 鎌倉時代には、貿易港として活用された築島である和賀江島が近いことから、光明寺の境内には元々極楽寺系の寺院があり、和賀江島の維持管理と関所米の徴収を一括していたようです。鎌倉へ入る開運の荷は一旦は和賀江島を経由するので結構な財力を振るったようですね。

北条経時宝塔

 光明寺の開基は四代執権北条経時とされ、境内にも北条経時を祀った宝塔があります(上の宝塔の画像に”平朝臣経時”と掘られています)。しかし、寺紋菊紋桐紋ですし、あまり境内では北条一族を感じさせませんね…。一応、開基北条経時説の他に大佛朝直説があるんですが、大佛朝直大佛流北条氏なわけで、移転の際に三鱗が抜けちゃった感じデスねぇ…。

遺跡!

 現在の光明寺はむしろ江戸時代の空気は感じました。上の写真は光明寺境内にある九州延岡藩内藤家墓所なのですが、パッと見はボロブドゥールかなんかの遺跡のようです。墓所なので中に入ることは出来ませんが、敷地全体を見渡すことが出来ます。わかりにくい場所ですが(北条経時の宝塔を見た帰りに発見したくらいデス)、実に幻想的です。

やはり桜で〆ます

 今までこの辺は来たことがなかったのですが、逗子に近いせいか?海を感じられる土地柄ですね。釜揚げのしらすの臭いのする街でした。
 と、何となく続きます。

もろこし銀侠伝・もろこし紅遊録

No Comments

 と言うワケで、読んでから暫く経ってたんですが、秋梨惟喬『もろこし銀侠伝』創元推理文庫 と『もろこし紅遊録』創元推理文庫 を読了。
 と、真っ当なレビューはここら当たりで読んで下さいw

時代伝奇夢中道 主水血笑録
 「もろこし銀侠伝」(その一) 武侠世界ならではのミステリ
 「もろこし銀侠伝」(その二) 浪子が挑む謎の暗器
 「もろこし紅游録」(その一) 銀牌、歴史を撃つ
 「もろこし紅游録」(その二) 結末と再びの始まりと

 ザッというと「黄帝から続く銀牌をもつ侠客が各時代に庶民の味方となって活躍していたのだった!」と言う建前の中国を舞台にした時代推理小説デス。
 時代はバラバラで登場人物も違いますが、各話に共通しているのは、比較的平和な時代に、民間で殺人事件が起こり、銀牌を持った人間やその関係者が、隠されたシステムを解き明かして、事件の解決にいたる手助けをする…と言う話ですね。
 舞台とする時代が戦国時代北宋南宋民国と様々でバラエティーに富んでいる上に、登場人物はみな魅力的な良作でした。一個一個の事件のトリックには正直どうかと思うモノも中にはありましたが、それを補ってあまりある人物描写と考証で楽しめました。
 ただ、割と殺伐としたハードボイルドな話が多いのに、ひらがなの”もろこし”というタイトルと、ほのぼのとした表紙はちょっと合ってないかな…という気も。あと、言われているほど武侠テイストは感じられず、どっちかというと陳舜臣初期中国モノの様に推理モノ中国モノの融合した小説…という側面が強いのかな…とは思いました。
 武侠と言えば軽功ですが…軽功は一応出てきますが、むしろ、水滸伝的な神行法とか縮地法的な描き方でしたね。水滸伝の登場人物も『もろこし銀侠伝』には出てきますしw勿論、派手な必殺技が出てきて、技名を絶叫するわけでもないですし、腫れた惚れたの愛憎劇があるわけではないので、コレが武侠か?と言われるとやっぱりNO!と言わざるを得ませんね。武侠小説を求めてこの小説を読むのはちょっと危険です。武侠小説のテイストも確かに混入されていますが、むしろ水滸伝志怪小説のような古典の方に雰囲気は近いと思います。武侠小説よりも洗練された江湖よりの世界を舞台にした中国推理ものと言った方がすんなりします。
 しかし、オフ会で作者の方と同席する栄誉を賜ったのですが、残念ながらまだ読了して無かったのが悔やまれます。色々書きましたがオススメの小説です!

いざ鎌倉(秋編)

2 Comments

 というわけで、先週末に思いついて鎌倉に行ってきたので写真撮ってきました。今回は去年の夏も行ったコースですが、金沢街道沿いに覚園寺鎌倉宮(大塔宮)→瑞泉寺を歩きました。去年はコレに百八やぐら首やぐらも巡りましたから短縮したんですが、それでも歩きましたね…。
 本来的には紅葉の名所と知られるこのあたりで、紅葉狩り~と言う趣向だったのですが、時期が遅かったこともあり今ひとつ…。まあ、京都東福寺みたいなのを勝手に想像してた自分が悪いんですが…。
 と、まずは覚園寺です。このお寺、鎌倉に残るお寺の中でもダントツで古いお寺なので自分は大好きなんですが、残念ながら境内の大半は撮影禁止となってます。とても残念ですが仕方ない。

覚園寺宝塔


水に浮く紅葉


覚園寺の紅葉


望遠一杯で薬師堂…コレじゃ何のことだか…

 覚園寺は元々は二代執権北条義時の建てた持仏堂薬師堂と言われています。例の実朝暗殺の時に薬師十二神将戌神将が夢に現れて助けてくれたというので、恩に感じた義時が創建したと言われています。と言うコトで覚園寺境内は北条義時大倉邸の跡地である可能性が高い場所ですね。源頼朝大倉御所の近くにあったという話ですが、まあ、結構離れてます。
 義時没後、源氏将軍が三代で途絶えて藤原将軍を迎えるに当たって、御所も宇都宮辻子御所に移転されたので、執権邸小町邸(現在の宝戒寺周辺)に移りましたが、その後も特に北条得宗家の尊崇を集め、九代執権北条貞時の時に外敵退散を祈念して覚園寺として整備されたようです。

路傍の花


瑞泉寺の紅葉

 と、覚園寺はその後の鎌倉幕府滅亡の頃に火事で焼失します。その際に再建したのが足利尊氏で、現在も薬師堂にその名が書かれています。江戸時代に改築に近い大修理を受けているとは言いますが、他の寺院に比べれば由緒は古いと言えるでしょう。

参考→ Wikipedia覚園寺

大塔宮の紅葉


路傍の花2

 特に鎌倉宮土牢はちょっと怪しいですからねぇ…。由来からしてテーマパークみたいな感じなんですよねぇ…。今回初めて見たんですが、やっぱり違うんじゃないかなぁ…という感想を新たにしましたww

鳩の舞う八幡宮


八幡宮の大銀杏

 鎌倉行ってもあんまり八幡宮って行かないんですが、何となく大銀杏のその後が気になって立ち寄ってみました。境内では屋台が出ていて、ぎんなんが売られていたのが印象に残りました。

秋空に映えるドヤ顔

 いや、また行きたいですね!

聖地巡礼#3

No Comments

 と言うワケで今回で11月に行った聖地巡礼は最後。今回は岐阜県にある世界遺産、合掌造りの白川郷です。白川郷と言えばひぐらしのなく頃にですが、当方未プレイの上にアニメも見てないんですよね…。同行者はBGMだけでうるっと来て、更に景色を見てうるっときてました。やっぱりやってから行くべきだったかしら…。
 でも、それ抜きに綺麗な場所でした。ココは泊まりがけで行きたかったですねぇ~。

タイトル画面?


白川八幡宮


さるぼぼ


聖地の風景


日が暮れるまで居ましたよw

 当日、昼抜きで撮影敢行してたら、雨は降ってくるし日は暮れてくるしで大変でした。でも、一同文句なく当然のように雨の中飯も食わずにチェックポイントを目指して行きましたから、やっぱり目的があると違いますよねww
 結局、飛騨牛まん、飛騨牛コロッケ、飛騨牛串焼きの屋台フルコースを食べたんですけどねw

屋台に駆け込め!

聖地巡礼#2

3 Comments

 と言うコトで11月始めに行った聖地巡礼第二段。鮮度は落ち始めてるけど、気にせず公開するのであった。
 今回の舞台はココ→


より大きな地図で True Tears を表示

 マイナーなアニメですが、true tearsですね。ヒロインがみんなぶっ壊れてて愛おしかったですww

あぶらむし~!


アイちゃんスタートラインにすら立ってないよね…


置いてかないで置いてかないで置いてかないで置いてかないで


バイクで乗り付けるところです


弁当はココで食べるべきでした

 特徴的な場所があるわけではないので、ちょっと難しいですね。でも、現地に行ってあのアニメは富山の空気感キチンと描けてたんだな…と、納得出来ましたよ。

蔵屋敷!


道端の風景

 まあ、聖地巡礼とか抜きに綺麗なところでしたね。絵になる街です。

城端むぎやまつり


城端観光ポスター

 ガッツリ村興しする気満々だったみたいですね…。御免ねそんなにメジャーじゃなくて御免ねww

Older Entries Newer Entries