- 2008/04/02 水
- 中国史 > ネタ
唐代にも綱引きはあった模様。「オーエス!オーエス!」はフランス語なので、かけ声が気になるところですが、日本には入ってこなかったんですかね。《封氏聞見記》ってネットにテキスト落ちてた気がするんですが…。って、あった。
と言うワケで、ザッと見るとこの記事みたい。
拔河
拔河,古謂之牽鉤。襄漢風俗,常以正旦望日為之。相傳楚將伐吳,以為教戰。梁簡文臨雍部,禁之而不能絕。古用蔑纜,今民則以大麻纟亙,長四五十丈,兩頭分繫小索數百條,掛於前。分二朋,兩朋齊挽。當大纟亙之中,立大旗為界,震鼓叫噪,使相牽引。以卻者為勝,就者為輸,名曰拔河。中宗時,曾以清明日御梨園球場,命侍臣為拔河之戲。時宰相、二駙馬為東朋,三宰相、五將軍為西朋。東用貴人多,西朋奏勝不平,請重定,不為改,西朋竟輸。僕射韋巨源、少師康休璟年老,隨纟亙而踣,久不能興。上大笑,左右扶起。玄宗數御樓,設此戲,挽者至千餘人,喧呼動地。蕃客士庶觀者,莫不震駭。進士河東薛勝為《拔河賦》。其詞甚美,時人兢傳之。
《封氏聞見記》第六巻
現代中国語でも抜河は綱引きのことなので、ズバリ!という題名ですね。何だかめんどくさいので訳は各自行って下さい。でも、清明日という記述はあるモノの、ドコを見ても710年という根拠がなかったり…。仕方ないので《新唐書》を引いてみました。
二月(中略)庚戌,及后、妃、公主觀三品以上拔河.
《新唐書》巻四 本紀 中宗皇帝李顯 景龍四年
うーん…換暦というのを使ってみると、二月庚戌って、グレゴリオ暦では4月ではあるけど2日じゃないような…。手元に適当な工具書もないので正確な事がわからんのが歯痒い限り…。何だか今日は何の日ネタとしてはグダグダになってしまいましたねぇ…。
ともあれ、この年の六月に中宗は韋后に毒殺されたりするので、楽しそうに綱引き観戦している描写を見るとやるせないですねぇ…。
ツッコミ:2
- nagaichi 2008/04/03 01:22
- 『荊楚歳時記』の正月立春(十五日)に「施鈎の戯」の一節がありますね。もとは楚の公輸盤(墨子にやっつけられた人)の発明とされているらしいです。公輸盤の綱引きは舟で引き合ってたそうですけど。
- 宣和堂 2008/04/03 22:46
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《荊楚歳時記》にもありますか。襄漢風俗っていうからにはここら辺の習俗なんですかねぇ?でも、中宗のは季節のお祭りというよりは、なんだかホントに憂さ晴らしでやってそうですね…。
魯班もなんだか技術系の話には必ず顔出しますねぇ…。むしろ、魯班が関わっていないなら大したことない技術みたいな感じすらしますね。




