- 2008/06/23 月
- 日本史 > ちょんまげ
古川愛哲『江戸の歴史は大正時代にネジ曲げられた サムライと庶民365日の真実』講談社+α新書 を読んでいたら出くわした記事をちょこちょこメモ。
幕府の狂犬たる新撰組が総髪とかもってのほかなわけですよ!
浪人モノはもっとビクビクしてないといけないわけです。月代を延ばし放題にしていると、牢屋にぶち込まれたりしたようですね…。
でも、残念なことに一次史料が提示されてないあたりが不安ですね…。この本読んだお陰で恥の上塗りしちゃう…と言う可能性がなきにしもあらず。
時代劇に月代の髪を伸ばした浪人が登場するが、このヘアースタイルでは無事では済まない。月代の髪を伸ばしての外出は御法度(禁制)である。誰か江戸での身請け人がいて、人別帳(戸籍)に入っているなら髪結い床(現代の床屋)で月代を剃ることが出来た。いや、剃らなければならなかった。月代の髪を伸ばし邦題の者が二本差しで歩いていれば、町奉行の同心に、
「おい、ちょっと待ちな」
とやられる。武家には手を出せない町奉行所も、浪人は取り締まりの対象となるのだ。
とくに着物の懐に懐紙などを入れている浪人者は、余計に怪しまれる、髪は高価なもので役を持った御家人や旗本でも、親類書き(系図、履歴書)を買うのに苦労をした。そんな高価な紙の束を浪人風情で、どうして懐に入れることが出来るのか。しかも懐紙の使用目的は別に刀の血を拭うためではない。浅草紙(ちり紙)でもない。メモ帳がわりにし、急ぎの知らせなどに使うためである。浪人者が懐に入れているのは、せいぜい履歴書代わりの古びた先祖の感状(戦功証明書)か系図にすぎない。
おまけに紙は格式によって使う種類が決められていた。侍以下の庶民は杉原紙を使うが、官位五位以上の人は奉書紙を用い、幕府の公用紙は檀紙である。
月代の髪を伸ばした浪人が懐紙などを入れて歩いていれば、たちまち町方同心の「御用」となるのが落ちだが、それでは時代劇も時代小説も作られないほど忘れられた事実である。幕末維新の元勲たちが、幕府の禁を破って総髪となり、それを幕府も追認したせいかもしれない。(P.18~19)
幕府の狂犬たる新撰組が総髪とかもってのほかなわけですよ!
江戸時代は武家も町人も月代を沿っていたが、これは大切なことで、絶対に女性に剃らせたりはしない。時代考証に忠実と言われる映画や小説でも、妻が夫の月代を剃ったり髪を結う場面が出てくるが、これは絶対にあり得ない。武士は自分で月代を剃るように訓練されていたほどである。
町方となると、髪結い床で剃ってもらう。これは義務というよりも、身の安全のためでもある。法令で一つの町に一軒は髪結い床がおかれており、髪結いは町中が費用が出す町抱えの公務員である。町内の人の髪を結い、月代を剃る。と同時に町内の人物監視役を兼ねていた。そのため町内の重要な行事には立ち会ったり、結婚などの「ひろめ」があると祝儀を貰う権利もあった。
なにしろ月代に髪が伸びた男は、浪人か逃亡者で、髪結いの証人がいないと、無宿者として町奉行所の手で捕縛される恐れさえある。(P.25~26)
浪人モノはもっとビクビクしてないといけないわけです。月代を延ばし放題にしていると、牢屋にぶち込まれたりしたようですね…。
でも、残念なことに一次史料が提示されてないあたりが不安ですね…。この本読んだお陰で恥の上塗りしちゃう…と言う可能性がなきにしもあらず。
ツッコミ:4
- 八雲慶次郎 2008/06/24 22:20
-
月代の髪を伸ばしたらだめとか女性に剃らせないとかいうのもそんなに厳格なのはなかったと思います。
水戸藩だったかの藩士の日記かなんかでは、奥さんに毎日髪を整えてもらったとか書いていますし、公儀認定の髪結い床は江戸、京、大坂しかなかったし。
月代のびてるとか高い懐紙持ってるとかで浪人をとっ捕まえるだけの人的余裕が奉行所には江戸時代通して無いです(^^;
岡引きや下引きがいたとしても、刀持った浪人を相手するにはリスクが大きすぎて100%見てみぬふりだったでしょう。法度としてあったとしても、機能はしていないと思います。
捕まえても所払いや刺青、たたきで放免なので牢屋にはいろいろと詮議がいる罪人しか長居はしない(飯代もばかにならんし)ので、辻斬りや強盗でもしないと浪人は見向きもされなかったのではないかと。
鬼平が人足寄場を作った後なら少しは対応ができたかもしれませんが、捕まえる人手がないのでやはり機能していないでしょう。
ということで浪人は月代のことではビクビクしていないと思いますw - 宣和堂 2008/06/29 11:52
-
早速ばれちゃいましたね。
ともあれ、チョンマゲについてそこそこ拘って書いてある本だったので、些か嬉しかったのですが、江戸初期と江戸末期をゴッチャにして論じているような不安がありますね。出典もあんまり明らかじゃないワリに断定的な記述も目立つので…。
まあ、与太話としては面白いのですが、史実としてどうかというと、もっと立派な本はいっぱいあるんですけど、立派な本はチョンマゲなんかマトモに扱ってくれないので、なんともフラストレーションが溜まります。 - 東龍 2008/07/21 10:35
-
古川愛哲氏は元々放送作家だったようです。
昔の本に載っていた経歴だと、こんな感じですね。
>日本大学芸術学部映画学科で映画理論を専攻。放送作家を経て、
『やじうま大百科』(角川文庫)で雑学家となる。東西の歴史や民俗学をはじめとする人文科学から、
生理学、科学技術史まで、幅広い好奇心を持ちながら、「人間とは何か」を追求し続ける。
(http://page18.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/w25558262より)
…この方の江戸本は他にも見たことがありますが、ネタとしては興味深いのですが、どうも放送作家出身のせいか、
ウケを狙った記述と「世の中には裏がある。だから俺がそのネタを教えてやるぜ」的なスタンスが濃厚ですね。
江戸の風俗史を調べるなら、三田村鳶魚や稲垣史生の方がちゃんとしてますよ。稲垣史生さんなんかが
チョンマゲの歴史は調べていそうな気がします。 - 宣和堂 2008/07/26 21:09
-
■東龍様
人を来歴で判断するつもりはないんですが、やっぱりナァ…という感じですね。
何だかんだこの本、ココから読み進んでないんですよねぇ…じつは。
チョンマゲについては一度ザラッと調べたきりなので、又調べてみましょうかねぇ。




