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千年の都北京 樹と石と水の物語#3

 と言うワケで、ようやっと、阿南・ヴァージニア・史代/小池晴子『千年の都・北京 樹と石と水の物語』ランダムハウス講談社 を読了。テーマはともかく、あとの方は結構グダグダだったかも…。以下にメモ。

千年の都・北京 樹と石と水の物語
慈嬉太后は舟で紫禁城から頤和園までを往復していたらしい。筆者は1980年代にゴムボートで故宮から出発して北海公園、什刹海、積水潭を経て運河で高梁橋をまで、次に長河を北京展覧会、北京動物園、五塔寺、白水橋、紫竹園、万寿寺を眺めて通過し、京密運河に合流してようやっと頤和園に到着した模様。現在、北京では運河巡りも観光スポットとして注目されているため、同じコトは出来ない模様。

什刹海の最西端の小高い丘には、元代に大都の水系を整備した郭守敬を祀った匯通祠がある。

画眉山の龍王廟には太上皇帝となった乾隆帝が嘉慶帝に、龍王廟に雨乞いすることの意義を説いた石碑が残っている。ちなみに、普段はこの龍王廟は一般公開していないらしい。

元代大都の水系の水源である白浮堰にも、龍王廟がある。ここも一般公開はしていないらしい。

西四交差点の磚塔胡同には万松老人・行秀の墓といわれる八百年前の磚塔が立っている。街の人の話では、この塔は行秀を師として敬った耶律楚材が建てたモノで、元々は耶律楚材の屋敷の庭に立っていたという。風水上ではこの塔は重要な位置にあり、北京を龍に喩えると、その尾っぽの当たるらしい。

大運河と通恵運河が交差する地点に燃灯塔が立っている。その昔は運河を行き交う舟の灯台として機能したという。

契丹の承天皇太后・蕭燕燕の名前にちなんだ地名がいくつか北京にはある。摂政時代に燕京・折津府近くの湖畔から大運河に続く運河を作らせた。これが現在も残る蕭太后河。通州区の張家灣近くに馬営という地名が残るが、これは契丹時代に馬の牧場であったことにちなむ。

北京北郊の小湯山鎮には清朝皇帝たちが離宮を建てて使用した温泉=御泉がある。日本占領時代に陸軍病院となり、その後も一般立入禁止区域となったが、現在はリゾートとして整備されている。

陶然亭は契丹、金の時代から続く人々のたまり場。陶然亭自体は元々は尼僧庵・慈悲庵の敷地内に建てられた東屋だったらしい。清末には公園内の寺廟や東屋は変法論者のたまり場となり、孫中山も公園の集会に参加したらしい。また、後には陶然亭は初期共産運動の密会にも使われたらしい。歌にはその美観を讃えられるが、その昔はあまり綺麗な場所ではなかったらしい。

良水に乏しい北京では金代・章宗の時代から水質の良い泉を選んで西山八水院と称された。金の宮廷人達は谷で狩猟を楽しみ、この地に建てられた寺院の境内の泉のほとりで野営した。現在ではどの泉が選ばれたのかは不明だが、玉泉が選ばれたのは恐らく間違いがない。玉泉山の玉泉塔は金・章宗が狩猟する際に使用した離宮・芙蓉殿があった場所とされる。この泉にはしばしば虹が架かったことから、章宗によって燕京八景の一つ、玉泉垂虹と命名された。一時荒廃したが、明代に整備され、清代には乾隆帝が玉泉を天下第一泉と評価し、燕京八景に関心を寄せて、八景を讃える石碑を建てた。しかし、玉泉も一般立入禁止となっている。

伝説によると、北京の甘い水はことごとく龍王一族が奪い取って一族の使用に供した。高亮という勇者があとを追ったが、苦い水の樽を壊してしまい、この苦い水が北京に逆流してしまったので北京の井戸水も泉水も苦くなったという。

元代の御河は什刹前海から始まって東南東へ曲がりくねって胡同を突き抜け、最終的には東の皇城壁に突き当たり、真南に進路を変えて明代城壁の外堀にまで通じるというルートを流れる。創建以来ルートは変わっていないが、現在は暗渠となっている部分が多く、橋や閘門も撤去されてしまっている。意外にも現在このルートを辿るときに手がかりになるのは胡同や道路につけられた名前。

紫禁城南西にある武英殿の背後の浴徳堂の起源は未だに論争中。伝説の通り香妃のために乾隆帝が建てたモノとは考えづらい。

北京西駅の西南に整備された蓮花池の起源は契丹、金の燕京にまで歴史を遡る。当時は西湖の名で知られ、契丹、金の宮殿はこの湖の東南に建てられていた。その後、この湖は荒廃したが、北京西駅が建設されるときに古代の水源保護を廻る論争が起こり、一帯は公園に指定されて景観プロジェクトに基づいて湖はその美観を取り戻したという。

 正直、他のパートに比べると無理矢理感が多い文章が多いのですが、とりあえず、これでのパートのメモ終了。個人的には北京には契丹の遺物はあんまり残っていない印象があったんですが、この本を見ると意外に残っているんですね。まあ、起源が契丹と言うコトで、その後、モンゴルに改修されたと言うコトでしょうけど。
 このパートの目玉はやっぱり、故宮から頤和園までゴムボートで遊覧した記事と、御河を陸から遊覧した記事だと思います。フィールドワークでしか得られない面白さがありますね。自分が行こうにも時間的な制約から恐らく無理でしょうから、もの凄く羨ましいです。勿論、北京に行こうと思い立ったから読んだ本なんですが、これによってまたまた行きたい場所が増えました。もっとも、どうしたって北京内城あたりになってしまうんですが、普渡寺犬廟は比較的便利が良い場所にあるので、これぐらいは是非とも行ってみたいです!あと、北京幇会やるなら晋陽飯荘でやりたいモノの、要予約とか…。自分で予約しても良いけどめんどくさいなぁ…。

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