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燈市口二郎廟を探す

 と言うコトで、しつこく阿南・ヴァージニア・史代/小池晴子『千年の都・北京 樹と石と水の物語』ランダムハウス講談社 で気になった個所その二、二郎廟。以下文章抜き出し。
 犬のための健康祈願の場所があるほど、かつて犬は北京の市民生活に大きな位置を占めていた。ある高級ホテルの近くに、頭部の欠けた石の動物が忘れられたように立っていた。通りに面した店ではランジェリーを売っているが、裏手はお堂の後で、北京唯一の〈犬廟〉だった。〈犬廟〉とは人々が親しみを込めて呼んでいた名である。千年以上も前に建てられたとされるこの廟は、本来は二郎神〈顕聖二郎神君〉を祀ったものであるが、ここで土地の人々が祈りを捧げる対象は二郎神の愛犬=神犬である。二郎神は道教神仙のひとりで、人々はこの神に健康回復を祈願するのだが、ここだけはペットの病気平癒も祈願できたのである。このように〈神犬〉は北京唯一の動物守護神であった。昔、人々は木や石膏でつくった小さな愛犬の形代を持参して祭壇に供え、祈ったものである。いまでは歩道に忘れられた石像だけが、この廟の存在を偲ぶ遺物である。道行く人たちはそうとは知らずに、通りすがりにこの石獸の頭部を軽く叩いていく。(P.107)

 そもそも、自分がこの廟の存在を知ったのは、澤田瑞希『中国の民間信仰』工作舎 の「二つの二郎廟─信仰と環境─」という項を紹介されて…でした。

 北京には二郎廟と呼ばれる廟が二箇所ばかりある。最もよく知られているのは、東城燈市口東の二郎廟。現在でこそすっかり規模が縮小されて貧弱きわまる小祠となりはてているが、唐代からあるといわれるほどの古廟で、地の利を得ているせいか、月の朔望には参詣者ひきもきらず、ために線香なども狭い廟内に山と積まれて、景気はなかなか良さそうにみえる。(P.64)
おなじく二郎神を祀る東城燈市口の二郎廟にいってみるがよい。廟内には犬の玩具が還願の品として無数に供えられてある。いうまでもなく子供の病気が平癒したお礼の品だ。この廟にもまた神狗に関する口碑があって、夜ごと近所の肉屋に肉を盗み食いにゆき、亭主に見つかって肉庖丁で足を傷つけられた。翌朝廟にいってみると、泥塑の狗の足には生々しい血がにじみ、白い繃帯が巻かれてあった。その肉屋はやがて衰微してしまった云々。この狗は天狗とまでは語られていないが、神狗のくせに腹をすかせていたことになっている。(P.66)

 なんだか、前の本と御利益が違うような気もしますねぇ…。『千年の都・北京 樹と石と水の物語』ではペットの病気平癒祈願で、『中国の民間信仰』では子供の病気平癒祈願…。どちらにしても、廟内には犬の形代でいっぱいだったと言うコトだけは分かります。ともあれ、この二郎神廟の在所は東城燈市口東と言うコトみたいですね。『千年の都・北京 樹と石と水の物語』の巻末地図と見比べると、場所自体はあんまり動いてないみたいです。
 で、前回に比べると、今回の検索では《乾隆京城全図》が力を発揮しました!
乾隆京城全図 : vol.8 古都北京デジタルマップ

 二郎廟と入力して検索するだけで大体の場所が分かりました。まあ、大体しか分からなかったんですけどね…。


大きな地図で見る


 地図で見ると、燈市口大街東というか、まあ、燈市口大街の東のドンツキみたいです。おおー今までモヤモヤしていた場所もこれで誤解無く辿り着けそうです。スゲー電子技術!
 で、更に"二郎廟&燈市口"でググってみると、こういう頁が引っかかりました。おお~紀昀《閲微草堂筆記》に、この二郎廟についてのお話が書かれているみたいです。おお~でもそんな話あったっけ?と思って手元の紀昀/前野直彬『中国怪異譚 閲微草堂筆記 』平凡社ライブラリー をパラパラ探してみたんですが…よくよく解説見るとこの訳ってば抄訳だったんですね…。この段の訳文は無かったです。

誠謀英勇公阿公言文成公之子、襲封燈市口東、有二郎神廟、其廟面西、而曉日初出、輒有金光射室中、似乎返照。其鄰屋則不然、莫喻其故。或曰是廟基址與中和殿東西相直、殿上火珠宮殿金頂古謂之火珠。唐崔曙有明堂火珠詩是也映日回光耳。其或然歟。(紀昀《閱微草堂筆記》巻十九 灤陽續録一

 ……めんどくさいので訳は各自で…。何だか犬とか何とかよりも室内がピカピカ光ってたんですかねぇ…。怪異譚というか何というか…近所迷惑だったんですかねぇ…。

ツッコミ:2

飯香幻 2008/09/03 00:04
うーん。根拠無く沢田説に一票。子供の守り神ってことで張仙と紐付けられてたような。
ペットの健康祈願説ねえ…ペットにするくらいなら食料にしそうな勢いのヒトたちですからねえ。あ、食えるくらい元気に成犬に達してくれよ、てこと?? この説の典拠が知りたいっす。どこぞで誰かが随筆か文言小説で残していたんだろうか・・・

>燈市口大街の東のドンツキ
8年前に北京をぶらついた時もこの辺歩いていたハズ。おのれの観察眼のなさに泣けるでえ。
宣和堂 2008/09/03 23:50
■飯香幻様
 ただ、阿南説は前の段に慈嬉太后のペット好き挿話や、隆福寺の犬市の紹介もあって、清代でも犬は一部の人にとっては愛玩動物として認識されていた…という紹介もされているので、あながち否定は出来ないんですよね…。まあ、もう無くなった廟なので調べようもないんですけど。
 最近観光化されてから、ワンちゃん石像を備え付けたんでしょうから、気がつかなかったのではなく、その時期にはなかった可能性もあるのでは…。自分が五年前に行ったときには、例の景山公園の崇禎首括りの木には明毅宗受難処という民国期の石碑は無かったのに、今はまたどこかから引っ張り出されて飾られたりしてますからね…。文革でなぎ倒された後に植えられた二代目も、十年前には元気だったモノの五年前は台風で折れてしまい、現在三代目が植えられてますからねぇ…。

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