- 2005/10/31 月
- 中国史 > 書籍
と言うわけでようやく読み終わりました。モンゴル原理主義の先生による契丹専著…と言うことにした方が分かりやすかったような気がしますね。 杉山正明『中国の歴史08 疾駆する草原の征服者 遼 西夏 金 元』講談社 は極めて人を選ぶ通史です。そもそも、題名に遼と書いてあるのにその呼び名を否定してるし、西夏も金も言うほど紙数を割いていないような…。流石にモンゴルは…、でも、元も大元ウルスという呼称に執着しておられるからココでも題名に反することを延々と中の方で書いてるわけですよね…。ナンというか凄い通史概説書ですね、こりゃ。 まあ、自分はこれだけキタイだの沙陀だのという単語が行き交う本が嫌いなわけはないのです。大好きダー!!
この新版中国の歴史は、前に出たシリーズを意識しすぎるきらいがあって、思想史や経済史が妙に前面に押し出されるケースが多いのですが、売り文句である四千年間連続ドラマからは外れるんじゃないのかしら?と言う懸念はありました。だって、なんだかんだ言ってやっぱり歴史って政治史が一番大きい要因じゃないですか?ドラマチックなのもやはり政治史、その中でも男の子だったら軍事史でしょう!!と言う杉山センセの高らかな宣言が聞こえてきそうな構成です。もっとも、政治史だけで本当にイイの?と、こちらが心配になるようなピーキーぶりですけど…。ちょっとこのシリーズでは変わり種率の高さに辟易してた宣和堂としては、望むとこだよドンと来い!な上に、専著を買うと酷く燃費の悪い契丹に殆どの頁が費やされている!その上表紙が辮髪壁画!!と、とりあえず、この点では否定する点はありません。おまけに自分が愛してやまない五代に相当なページ数が割かれていますから、本を手にするとウキウキするような高揚感を押さえることは出来ません。少なくとも、この本の半分は自分が望んで今まで見あたらなかった本には違いありません。まあ、それでも杉山節は炸裂するわけで、眉に唾塗りながら読むことにはなるわけですけど…。
と、とりあえずこのあたりで、構成について書き出しておくと…。
- 安史の乱(体感20%程度)
このあたりは藤善真澄『安禄山―皇帝の座をうかがった男』中公文庫 とか『安禄山と楊貴妃 安史の乱始末記』清水書院 の方が詳しいのですが、安祿山がソグド系や突厥系の血を強く受け継いでいた可能性、玄宗が安祿山の名前の由来を知っていた可能性など中々面白いことも示唆してます。あと、哥舒翰の旗下にタングートがいたとか、李光弼が実は契丹の王子だったとか、興味深い指摘もあります。李光弼がタダの契丹人ではなく、契丹プリンスであったのなら、安祿山の背後を狙うべく契丹・奚を動かした…という話にも真実味が増します。というか、コレは最初に書いて貰わないとイカンですよ。
あと、ソグド系の人々が西で起こした運動がウマイヤ朝からアッバース朝への革命となり、東で起こして失敗した運動が安史の乱というのはちょっと肯首しがたいというか、勇み足感が濃厚でしたね。
でも、ウイグルが安史の乱後に長安占拠した祭には、そのまま華北に留まる気満々だったけど内政の混乱のためにそれどころじゃなくなったとか、タラス河畔戦、安史の乱後の中央アジアの混乱に乗じた形での吐蕃=トゥプトの躍進など、契丹や党項を語る上で重要な諸勢力についても紙数を割いていて興味深いです。
- 契丹×沙陀の仁義なき抗争(体感40%程度)
耶律阿保機、突欲、堯骨親子兄弟と李克用、存勗親子と李嗣源の攻防をこれでもか!これでもか!これでもか!と詳述。耶律阿保機の方が李克用よりも上手だとか、李存勗は軍事の天才だけど人間としてどうかしている、とか言う点はむしろその通り。腹黒い朱全忠と老練な耶律阿保機との直接対決も見てみたいモンですけどね。
記述は主に山西沙陀軍閥・後唐と契丹との関係史がメインなので、河南軍閥・後梁の記述はそんなに多くはないし、江南の十国に関しては全然記述がないのだけれど、そんなことはどうでもイイくらい充実した内容。
でも、司馬光の悪口を蕩々と書くワリに《資治通鑑》参照部分が多い気もするのは気のせいかしら…。《遼史》太祖本紀ってこんなに充実してたっけな?それとも、大元ウルス治下の胡三省の註を参照にして書いてるから良いのかしら?あと、契丹はキタイと書くワリに中華じゃないと強調する沙陀はサダとかにしないのがちぐはぐなイメージです。
沙陀政権の性格にしても、李克用・李存勗はもちろん破壊活動しかしていないし、李嗣源あたりは安定した政治はしたモノの、国作りの域まで踏み込んでいない…というのは極端な論法だけど同意見。その点では契丹に比べて二歩も三歩も遅れていたわけです。でも、それなら紙数がないとは言わずに柴栄の活躍についても触れて欲しいというのは欲張り過ぎかなぁ…。
それ以外は劉仁恭・劉守光親子の幽州軍閥、王処存の定州軍閥等が出てくるだけで嬉しいので特に…。それにしても、ここら辺がこの本の中でも胆なのでもの凄い熱量で書いている。熱くて熱くて死にそう。
しかしながら、自分が期待していた聖宗以後…つまり澶淵の盟以後の契丹に関しての記述はホボなし。この辺緩急の差を付けすぎデス。興味があるところと興味がないところの差がはっきりしすぎていて、コレは通史としてどうなのだろうか?とちょっと心配です。西遼=カラ・キタイについても史料がない、と言うだけであんまり記述ないです。まあ、その辺の事情を詳述して、無視されがちな西遼という国家が視野に入っているだけでも凄いとは思うモノの、結局はモンゴルとの関係という意味合いでしか触れていないのはちょっと納得いかない気もしますね。中華がモンゴルに置き換わっただけじゃないの?歴史的事実を見落とさないの?と意地悪く思ってしまいます。
あと、北宋との人口バランスとか文化水準の話で、契丹も遜色ないようなコト書いているワリに具体例が示されていないのはちょっといただけないですね。確かに慶陵の壁画は素晴らしいけど、北宋画院の書画の洗練されたモノに比べれば見劣りするのは否定できないし、契丹の磁器に関しても官窯が発見されてレベルが高いことが証明された!と言われても、唐三彩の劣化コピー視される遼三彩のイメージが強い上に肝心である契丹官窯の磁器の写真も提示できないようでは説得力はないし、評価も出来ませんな。しかも、相手は磁器の最高峰と言われる、北宋官窯の青磁ですから契丹の分は相当悪いですね。コレでは、中華ならぬモンゴル中心主義の贔屓の引き倒しの結果かしら?と読者は捉えますよね。契丹大蔵経引き合いに出して出版業に触れるなり、契丹仏の精巧さについて書くならともかく、このあたり杉山センセは文化史や社会史が得意ではないと言う評価を下さざるを得ない点ですね。
- キタイポエミータイム(体感15%程度)
耶律阿保機墓調査旅行の紀行文。まあ、つまらないことはないけどいきなり出されて面食らう文章ではありますね。
- 西夏と金(体感10%程度)
大胆にも西夏の方が金より記述が多いです。西夏建国までは分かる範囲のことは一通り書いてありますね。と言うか、ココでも李元昊にしか興味はないような書き方してますが…。
金については本当に興味ないんでしょうね…。金の統治体制についても、良くも悪くも緩やかな連合体等と興味深い指摘をしておきながら、モンゴルほど紙数を割く気にはならないようです。むしろモンゴルの対金作戦の下りの方が記述は豊富です。教科書的な最低限の記述はあるモノの完顏阿骨打と耶律阿保機ではこの本での扱いはあまりにも違いすぎます。
《射鵰英雄伝》読んだわけでもないでしょうけど、モンゴル主義者にとっては金は憎っくき敵だから記述もこんなモンなんでしょうか?
贅沢言うとこの辺ももうちょっと記述が欲しかったところです。辮髪とかそう言う記事で良いので。
- モンゴル万歳万歳万万歳!(体感15%程度)
他の杉山センセの本に比べれば全然量は少ないですけど、金と比べてやっぱり記述が豊かですね。最低限押さえるところは押さえながら、あまり余計なことは書いていないので、杉山節によるイェヘ・モンゴル・ウルス及び大元ウルスについて最低限の知識はコレ読めばすんなり入るかも知れません。単体で読めば面白いのかも知れませんが、当方すでに杉山節を散々拝聴しておりますので余り印象にも残らないですね。この本の重点ではなく結論部分ですし。
唯一面白かったのは科挙を復活したと言うだけで、仁宗・アユルバルワダが漢人に高評価受けているものの、注意深く見れば漢人がアユルバルワダのことを軽蔑しているのが分かる…というのも、ちょっと穿ちすぎだと思うのでそれは面白かったです。
まあ、要するにモンゴル帝国の重要な構成員の内の契丹、女真、党項の歴史を書こうと意気込んだのは分かるんですけど、契丹は契丹として、女真は女真として書かれていないのがちょっと違和感がありますね。あくまでもモンゴルとの関係が主眼ですので…。まあ、杉山センセが書くとこうなるかな?という予想を大きくは超えていなかったんですけど、多分途中で耶律阿保機書き始めたら止まらなくなったというのが真相なんでしょう。『耶律楚材とその時代』白帝社 でも明らかにペース配分間違ってましたから、杉山センセの本では珍しくはないんですけど。
……なんとも偏りすぎていて評価に困る本ですが、他のことはともかく、契丹と沙陀の抗争史に興味があるのであれば、これ以上の良著はないと言えます。多分、一番力入ってます。あと、モンゴル支配下の民族について興味があると言う目的で読む分にもイイでしょう。
でも、契丹=遼、女真=金、党項=西夏の通史が知りたいとか、文化について、社会について、経済について知りたい!と言うのなら、他の本を当たった方が無難です。
とても好きな本ですが、読み手を選ぶかもデスね…。随所に、思い上がるな中華主義者ども!モンゴル万歳万歳万万歳!という呪いが埋め込まれているので、ダメな人はダメだと思います。まあ、読みやすいっちゃ読みやすいですけど。
ツッコミ:8
- 国府海軍愛好者 2005/10/31 22:45
- 耶律楚材には全く触れない。文天祥はあさましい人間の屑と実にすがすがしい杉山浴でした。次は北元の本でも書いてくれないかと期待しております。
- 宣和堂 2005/10/31 22:57
-
………言われてみると耶律楚材はおろか耶律阿海すら出てきませんでしたね…。
文天祥は自分もあんまり評価していないのですけど、あそこまで酷くは言いませんね。文天祥は義士であって政治や軍事で功績を残した人ではない!というのが持論なので…。
でも、北元の本は…史料無いから多くは書けないのでは…。むしろ、あれだけネタにするのですから集史の全訳でもやって欲しいんですけど、監修だけでも出来ないですかね…。 - NAGAICHI Naoto 2005/11/04 02:55
-
「唐側の名将、かの李光弼はキタイ族であっただけでなく、実はなんと『キタイ王』たる楷落のむすこなのであった」本巻p100
『旧唐書』の伝では「李光弼,營州柳城人。其先,契丹之酋長。 父楷洛~」。
『新唐書』の伝では「李光弼,營州柳城人。父楷洛,本契丹酋長~」。
正史の伝じゃ「楷落」でなくて「楷洛」ですね。
李光弼の先祖が契丹酋長だったのか?親父が契丹酋長だったのか?正史見たかぎりでははっきりしません。しっかりした研究あるなら知りたいっす。
楷洛(落)について言うと、先天元年に唐の左驍衛将軍をつとめていた「楷洛」(『新唐書』本紀5)と、天宝四年に安禄山に討たれて唐に降って恭仁王に封ぜられた「楷落」(『新唐書』列伝144)がいるんでよく分からないです。
両唐書の契丹伝見る限り、李光弼の親父が王様のようには思えないっす。というか契丹って八部構成だったんで、どいつが王様ですか?というのもあるかもしれないです。詳しい情報ほしいです。 - 宣和堂 2005/11/05 18:12
- うーん…杉山節の李光弼は勇み足だったと言うことでヤンすね…。自分も調べずに書いちゃイカンでしたね。でも、李光弼が関係が薄くても濃くても契丹の中でも支配階級の出身だと言うことは分かりました。王様の息子か斜陽貴族の息子では違う気もしますが…。
- 2007/07/03 23:35
-
耶律倍の事跡についてもう少し深く描いてくれると良かったですね。
望海堂のこととかも。今どうなってるんですかね?
耶律倍の陵墓とかどうなってるのか興味ありますね。
京大には戦後の空白を埋めるような契丹研究を行って欲しい。 - 宣和堂 2007/07/28 22:16
-
望海堂はおろか醫巫閭山も何処にあるのか?多分よく分からないんだと思います。それに、李贊華さん自体《遼史》の義宗倍伝以外に纏まった伝記もないようですしね…。契丹研究では愛新覚羅烏拉熙春センセが最近のトレンドですかね。調べたら立命の先生みたいです。
- 沙果 2008/10/21 20:34
-
キタイポエミータイムで触れられていた「生態移民」ですが、「白い馬の季節」という内蒙映画でも
描かれています。
http://www.kankyotv.net/ikoku/shiroiuma1.html
http://www.shiroiuma.jp/
http://www.amazon.co.jp/%C3%AE%C3%AD%C3%87%C2%A2%C3%AEn%C3%87%C3%83%C3%A3G%C3%AA%EF%AC%82-%C3%89j%C3%89%C3%AC%C3%89c%C3%89@%C3%89C/dp/B001DGDKPC/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=dvd&qid=1224586963&sr=8-1 - 宣和堂 2008/10/26 23:49
-
■沙果様
情報有り難うございます。でも、遊牧民は定住したくないけど、国家は「進んだ文明社会を享受させるために」定住させようと躍起になってるとか何とか…。なんだかその辺が文化摩擦になってるとかどうとか…。こういう要らぬお節介で生活の変化を余儀なくされると言う光景は…何だかやるせないですねぇ…。
トラバ:0
- この記事のトラバ
- http://sengna.sakura.ne.jp/sb/sb.cgi/248
- 杉山正明『中国の歴史08 疾駆する草原の征服者 遼 西夏 金 元』講談社 from 宣和堂遺事
- トラバなし




