名は体を表す

 ようやっと浅田次郎『中原の虹』講談社に取りかかってたり…。いや、張作霖の話か~気が重いなぁ…と思っていたら、「アンタ間違ってるよ!これはダイシャンの話だよ!」というすすめがあって、読んでみることに…。ダイシャンがクローズアップされる小説なんて無いだろ…普通。
 確かにダイシャンが出てきて興奮。頑張れダイシャン!やったね!で、劇中、漢語でもそう難しい語彙ではない「没法子」という言葉が印象的に使われていたり…。で、日々の報道で「没法子」で思い出すのはやっぱりのりピー容疑者だったりね…。
 酒井法子は「没法子」だ~とか言う駄洒落を思いついたら、中国圏では誰もが思いつくレベルの駄洒落だったらしい。

  • 酒井容疑者逮捕 中華圏も“沸騰”
  •  確かにスポーツ新聞レベルの駄洒落だよなぁ…。

    髯のない劉備

     相変わらず易中天/鋤柄治郎『三国志 素顔の英雄たち 下巻』冨山房インターナショナル を読んでます。厚い本だなぁ…。
     で、読んでて気になったのが劉備が髯を蓄えていなかったという記事。

    というのは、劉備はひげを蓄えていなかったからである。『三国志・周羣伝』に「先主にはひげがなかった」とあるとおりである。(P.127)

     京劇などでは女性的なイメージで髯がないのが当たり前みたいな劉備ですが、本当に髯がなかったみたいですね…。気になったので、久しぶりに中央研究院 漢籍電子文獻で検索してみました。

    初,先主與劉璋會涪時,裕為璋從事,侍坐.其人饒鬚,先主嘲之曰:「昔吾居涿縣,特多毛姓,東西南北皆諸毛也,涿令稱曰『諸毛繞涿居乎』!」裕即答曰:「昔有作上黨潞長,遷為涿令(涿令)者,去官還家,時人與書,欲署潞則失涿,欲署涿則失潞,乃署曰『潞涿君』.」先主無鬚,故裕以此及之.
    《三國志》蜀書巻四十二 蜀書十二 周羣 張裕

     面倒臭いので訳はスッ飛ばしますが、劉備にやってきた頃、劉璋の部下であった張裕のヒゲが濃いことを劉備がからかうと、張裕は逆に劉備にヒゲがないことをからかい返した…ってコトですね。これだけなら笑い話で済むんですが、後々これを根に持った劉備に処刑されたりするので、後味が悪い話になってますね。
     張裕蜀郡の出身ですから、元々外来政権である劉璋政権のことも劉備政権のことも快く思っていないグループに属していたわけです。それにしても、譙周筆頭にの在地勢力の人って予言とか人相見とか神秘思想っぽいコトで有名な人が多いですねぇ…。
     この本では諸葛亮が泣いて馬謖を斬らなければいけなかったのは、法律の厳格さを強調するよりも、衆目に反する人事であったために(先鋒を任せるなら魏延なり呉壱に任せるのが順当と言われていた)、旧劉璋閥東州集団在地勢力益州集団だけでなく、劉備の元々の部下達=荊州集団の不満を解消するための政治的な判断であったと強調するなど、蜀漢政権内の矛盾を再三指摘してます。これはこれで面白いんですけど、自分のようなライトな三国志フリークとしては、ヒゲのない劉備というエピソードの方が心惹かれたりするんですけどね。パッとwikiを見てもヒゲのことは書いてあるので、ディープな人には常識みたいですねぇ…。自分はしらんかったです。

    禰衡

     と言うワケで、ツラツラと易中天/鋤柄治郎『三国志 素顔の英雄たち 下巻』冨山房インターナショナル を読書中…。央視の教養番組《品三国》のムック本の訳本です。基本的に史書《三国志》をベースに話を進めていくので、日本人が大好きなパターンですね。でも、ずっしり重い本です。
     で、大体は史書ベースにマッハの差といっても良いコトをアレコレしているので、自分みたいなライトな三国志ファンは「へー」程度の感想しか沸いて出てきません。が、曹操が文人達を次々に抹殺する様を追っていく第二十八章 邪魔者は他人の手で始末する 及び、第二十九章 死の真相 は面白かったですね。
     禰衡孔融楊脩崔琰曹操に何故殺されたのか?を二章に渡って考察するんですが、今回のネタにするお題は禰衡。大体、禰衡という人は過分な評価を得ているような気はしていたのですが、この本ではケタクソに書かれていますね…。有名なエピソードだと思うので、詳しくはwikiかなんかを読んで下さい。
     で、禰衡皇帝のお膝元・に現れて権力者に毒舌を吐きかけ、奇行を振りまいて一躍時の人になるわけですね…。で、数少ない友人の孔融を介して曹操の元に呼ばれて毒舌を吐いた結果、劉表のもとに厄介払いされ、更に黄祖に押しつけられて殺されます。大体は権力者に楯突いた隠士として人気があるんですが、この本では禰衡は正義感が強かったから、気骨があるから権力者を罵ったわけではなく、罵りたいから罵っただけだと喝破してます。確かに…。結局は禰衡の敵は権力者だけではなく社会全体であり、禰衡は全ての人を軽蔑していたし、自分の気骨を表現するためなら、数少ない友人である孔融の立場が怪しくなろうが知ったことではなかった…と。賢者などではなく馬鹿者じゃないか!と喝破します。うーん…反論できない。
     言われてみると、禰衡って何かポリシーがあって権力者に楯突いたわけでもないですしねぇ…。道化としては面白いですが、友人付き合いは難しいかも知れません…。禰衡に褒められた孔融にしろ、楊脩にしろ、結局は曹操に殺されてるので、何か呪われた交友関係って気がしますね。

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