清の実録館

 と言うわけで、《清实录研究》に実録の編纂場所……つまり、実録館の位置が載っていたので比定してみました。位置については……正直自信有りません…。と言うのも、実録館は常設の役所ではなく、皇帝代替わりの実録編纂時期にのみ官員が任命される性質の役所なので位置がころころ変わるんですね…。雍正~乾隆にかけての実録館は実録の告成後しばらく放置されたようですが、乾隆30年頃に国史館(《清史列傳》などを編纂した)に転用されたように、その時々の空いている場所を転々としたようです。
 しかし、実録の簡易版を《東華録》と称したように、概ね東華門近くに設置されたようです。まぁ咸豐年間以降はほぼ場所は固定されたようですが…。この辺、紫禁城に関する本を見ても今ひとつ詳しく載ってないんですよね…。ただ、Wikipediaの日本語版紫禁城の項には実録館の満文=yargiyan kooli bithei kurenも載っているので何かしら詳しい本があるんでしょうけど…って、これ咸安宮に付随する形で載ってますから、嘉慶年間の実録館ですかね。
 

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康煕帝諸皇子の王府2

  ……とまぁ、前回の記事で書いたように、雍正年間に消えてしまった王府については調べようがないんだろうなぁ…等と考えていたわけですが、ふと思い立って”廉親王府”と言うキーワードで検索してみたところ…意外にも引っかかりましたね…。しかも、直郡王府固山貝子允禟府敦郡王府のことも記載があります。

穿越步步驚心 踏尋阿哥們住的地方(組圖)
穿越步步驚心 踏尋阿哥們住的地方(組圖)

 この記事も《歩歩驚心》の放送当時に書かれた記事みたいなので、おおよそ皆考えることは一緒みたいですね。…書いてあることは興味深いのですが、ビジュアル的には今ひとつ正しいかどうか判断出来ません。というか、九阿哥府邸のこのハイカラな建物は一体?なんでまた、《乾隆京城全図》の和親王府が赤線で引かれてるの?とか、よく分かりません。
 で、その後この頁の元頁と思われるところも検索して発見…。よく分からない写真はどうやら、上のサイトで勝手につけたモノみたいですが、廉親王府九貝子府(九阿哥府邸)は元からついてたみたいですねぇ…。

穿越大清步步驚心 踏尋阿哥們住過的地方
踏尋阿哥們住過的地方 廉親王府
踏尋阿哥們住過的地方 怡親王府
踏尋阿哥們住過的地方 恂郡王府
踏尋阿哥們住過的地方 理親王府
踏尋阿哥們住過的地方 九貝子府
踏尋阿哥們住過的地方 敦郡王府i

で、あまり出典には触れてないわけですが、九貝子府の所に

據《京城坊巷志稿》卷上116頁轉引自《嘯亭雜錄》記述:“恭親王府、貝子胤禟府,俱在鐵獅子衚同。”

 という出典が分かる場所があります。理親王府の所でも《京師坊巷志稿》と言う書名が出てきますね。…と言うワケで、今回は基本的に《京城坊巷志稿》に引用された《嘯亭雜錄》の記事の整理です。
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  1.  で、他にもまとめられた記事もあったんで一応上げておきます。上の記事とほぼ一緒だけど細かく違うのでこれまた厄介ですが一応上げて置きます。
    大阿哥胤褆与直郡王府
    四阿哥胤禛与雍亲王府
    八阿哥胤禩(sì)与廉亲王府
    九阿哥胤禟与九贝子府
    十阿哥胤礻我(é)与敦郡王府
    十三阿哥胤祥与怡亲王府
    十四阿哥胤禵与恂郡王府 [戻る]

地上の天宮 北京故宮博物院展

 と言うワケで行ってから一月も経ってしまった上に、もう終わった展示の記事を今頃書いてみたりするのです。
 今回は4月の下旬に東京富士美術館で行われていた地上の天宮 北京故宮博物院展です。正直なところ、東博での特別展 北京故宮博物院200選記事1と比べるとどうしても見劣りするわけですが、まぁ、アレも政治的な何かでしょうから、こちらも思ったよりは面白い文物は来てたんですよ?と言うコトで、チョコチョコ見ていきましょう。
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黄馬掛

 と言うワケで辮髪画像が整理つかなくなってきたので、その過程で見つけた…というか今まで気がつかなかっただけなんですが、黄馬掛の画像を見つけたので、お茶濁すべくアップ。
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