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NHKドラマ 蒼穹の昴 第九回 恋ごころ

 え~一回丸ごと恋バナの回ですね。こんな回を入れるくらいなら、李鴻章だって出せたろうに!!ムキー!です。原作では恋愛らしい恋愛もありませんし、玲玲に「乳吸ってよ」とか言わせるわけにも行かないでしょうし、春児×蘭琴の禁断の愛とかも大陸のお茶の間に流すわけに行かないので仕方ないんですが…。ミセス・チャンって全然美人イメージなかったんですけどねぇ…。そもそも、原作ではミセス・チャン梁文秀って面識なかったと思うんですが…。
 ちなみに、劇中、満洲人漢人は通婚できないと再三言われていますが…実は出来たりしてます。と言っても、漢軍八旗と言われる入関前にに帰順していた漢人部隊の子孫ですが…。蒙古八旗とともに満洲八旗と通婚を繰り返したために、独特の風習をこのクラスは保つことになり、満漢蒙八旗の子弟を総称して旗人と言うようになったわけです。なので、DNA的にはかなり漢人の血は入っていたようです。
 ただ、生活習俗は満洲人と変わらなかったため、辛亥革命後に迫害を避けて、漢軍八旗旗人漢人に、蒙古八旗旗人モンゴル人と言うコトにしたようですが、ナカナカ巧く行かず、結局は旗人をひっくるめて満洲族として扱うようになったみたいですね。この辺は愛新覚羅烏拉煕春先生の『最後の公爵 愛新覚羅恒煦』朝日選書 あたりを読むと詳しく書いてあります。
 と言うぐらい今回は書くことがないです。困った…。次回は恭親王醇親王のネタにします。

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普渡寺=叡親王府

 と言うワケで、2008年11月に北京に行った際に観光した場所の第二段。このときの旅のテーマである普度寺叡親王府です。

結構見かけない様式の建築

結構見かけない様式の建築

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チンギス・ハン墓は四川に?

 うーん…単純問題として、チンギス・ハン死去の際には四川はまだ、モンゴル・ウルスの勢力圏ではなかっただのでは…。まあ、モンケ・ハーンはともかく、クビライ・ハーン以降、別の場所にあった墓所を移したとも考えられるけど…ワザワザ四川に移す意味が分からないしなぁ…。

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ダイシャン

 と言うワケで相変わらず浅田次郎『中原の虹』講談社 を読んでます。ようやっと三巻読み終えました。自分の中では張作霖よりもむしろダイシャンの方が主役です。というか、何このスーパーダイシャン

□『中原の虹』版ダイシャンがスーパーである理由□
戦傷が元で没したシュルガチを看取る→シュルハチヌルハチに疎まれて窓際族として悶々として病死というのが有力
父・ヌルハチの命によって最愛の兄・チュエンを毒殺→チュエンが殺されたのは史実だが、その死と共に記録が抹消された為に本当の死因は不明
弟のヘカンを後継者に指名→ホンタイジ皇太子を意味する俗称に過ぎず本名ではないと言うのも通説ながら、本名は不詳とするのが一般論…確かにヘカンという説もあるんだけどね…。ソレよりも、小説中で徐世昌が説く仮説、ホンタイジヌルハチ在世中から後継者と目されたモノの部族内での支持が得られなかったために長く皇太子ホンタイジと言われたためその通称となったのでは?というのは面白い。
マンジュモンゴル朝鮮(ソラホ)だけでなく、山海関を超えて(ニカン)を攻めることを進言→小説中ではシュルガチチュエンは同じコトをヌルハチに進言して排斥されている
ホンタイジ暗殺を計画→実行犯はドルゴンで共犯者はホーゲ。なので弑逆の罪を負う彼らは帝位に着くことは無く、帝位はフリンが嗣ぐことに決まった。また、暗殺だったので喪に服すこともなかった。
焼け野原になった紫禁城北京の施設を明代の旧態に戻した→天壇中華王朝に相応しいモノとして、マンジュの祭祀はマンジュのみで堂子で行うことにしたのもダイシャン
薙髪令を献策→ドルゴンが施行。

 と、清初の基本的な政策は全てダイシャンが画策し、ホンタイジなりドルゴンが実行したとか言う、富野メモシャアか!と言いたくなるようなスーパー振り。こんなにダイシャンが大活躍でちょっと目頭が熱くなる想いだけど、ちょっと頑張り過ぎじゃない?
 と言うワケで、色々突っ込みたくなることはあるモノのとりあえず、あの時代のマンジュでワザワザダイシャンを引っ張り出してきたことに敬意を表するわけです。なんか、禮親王府行きたくなったよ…。

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中国の異民族支配

 と言うワケで、横山宏章『中国の異民族支配』集英社新書 読了。うーん…やっぱりこの手の本を読むとやるせなくなりますね…。ちょうど、先月出たばかりの本ですから、東トルキスタン暴動に便乗して出版されたわけではないんですが、些かタイムリーでしたね。清末革命派変法派における外藩部支配に於ける見解の違いから始まって、孫文国民党共産党に於ける外藩部に対する考えの変遷を紹介してます。毛沢東はともかく、周恩来に対するイメージが変わりました。
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