Posts Tagged 乾隆帝

NHKドラマ 蒼穹の昴 第四回 皇后選び

 と言うワケで、今週は親政を睨んでの光緒帝選秀女=皇后選びですね。ここで有名な珍妃登場です。
 ドラマの中でも、光緒帝徳馨の娘二人の美貌にぽわわ~んとなって危うく未来の皇后の象徴である玉の如意を渡しそうになったのを、慈嬉太后が『皇上!』と、一括して弟・桂祥の娘=姪の靜芬ドラマでは喜子になってましたが…)に渡すように促してましたね…。この一件で慈嬉太后徳馨の娘二人に危機感を抱いたため、代わりに長敘の娘二人に荷包を押しつけた…要するに貴嬪として宮中に招いたわけですね。
 当然、靜芬は後の隆裕皇太后長敘の娘二人は後の瑾妃珍妃です。

故宮周刊 第三十期 第一版→劉宮女の証言では南海で撮影されたという

故宮周刊 第三十期 第一版→劉宮女の証言では南海で撮影されたという

 悲劇性と茶目っ気のある挿話が相まって、人気のある珍妃も絶世の美女とされる事もあるのですが…。男装して光緒帝に侍っているところを臣下と謁見しても、お付きの若い宦官ぐらいにしか思われなかったみたいなので、人目を引く容姿ではなかったのかも知れません。
 と言うワケで以前にも出した珍妃?と言われる画像を再掲。

 あと、乾隆帝が登場。一神教の神様かよ!という感じの登場でしたが、光緒帝の初夜にデバガメするような茶目っ気はなさそうですね…。壽皇殿は歴代皇帝を祀った場所なので、ああいう感じの使い方で良いんだと思います。でも、壽皇殿景山の麓にあるんですがそんな感じの描写ではなかったですね。

若き日の乾隆帝 郎世寧画?

若き日の乾隆帝 郎世寧画?

 今回は乾隆帝の若かりし日の肖像画上げておきます。皇帝肖像画には落款が無いので普通は作者は分からないのですが、あまりにも独特なタッチなので間違えようがないので郎世寧です。

 一方、春児黒牡丹に弟子入りして京劇の英才教育を受けます。流石に京劇役者さんだけあってこういうシーンは映えますね…。正直驚きました。
 あと、王逸李鴻章麾下への転属ってこんなに早かったかなぁ…と。順桂に比べて王逸の出番が少ないような…。

 と、来週は漸く春児の入内…じゃない宮中入りですね。

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宴会記事

 本屋を歩いていたところ、見慣れた唐人〈唐人宮楽図〉1を表紙にした絵があったので手に取ってみたところ、南條竹則『飽食終日宴会奇譚』日本経済新聞出版社 だった模様。早速購入。またぞろ中華の宴会料理を飽食するという内容。しかも、一章一宴会らしく、旨そうな料理が目白押しです。すさまじく手間をかける中華料理の中でも宴会料理がメインなので、レシピ的な読み方は期待できませんが、とにかく出てくる料理が全部旨そうで頭がくらくらします。お腹すいたときは読まない方が無難です。

 で、美味しそうな料理の合間に乾隆帝の記事も何個かあったのでとりあえずメモ。

 孔府のもやし料理は有名で、中には「醸豆莛」という、もやしの中に餡を詰める、恐ろしく手間のかかるものもあるそうだ。しかし、一番よく知られている「油潑豆莛」は、単なるもやし炒めである。
 『中国名菜精萃』によると、ある時、乾隆帝が孔府へ来て食事をしたが、どうも食がすすまない。それで、おそばに控えていた衍聖公が料理人を呼び、食欲が出てお腹にももたれない料理を何かこしらえるように命じた。
 料理人は緑豆もやしに花椒を少し加え、油で炒めて出したところ、皇帝はお気に召して、「悪くない。こんな料理は初めて食べる!」といった。以来、これは孔府の名菜となったのだそうな。
 続いて来た「金香白玉板」は、軽く揚げた豆腐を白玉に見立てている。ふつうは「金鑲白玉板」とかく場合が多い。
 これも乾隆帝ゆかりの料理だ。
 ある時、乾隆帝がお忍びで田舎を歩いているうちに、お腹がペコペコになり、農家で夕飯を食べさせてもらった。家の人はこの素朴な豆腐料理を出したが、空きっ腹にまずいものなしで、皇帝はたいそう喜び、「この料理は何という名前か」ときいた。
 家の人はただの豆腐というのが恥ずかしいので、「金鑲白玉板(金を嵌めた白玉の板)でございます」とこたえたというのだ。
 乾隆帝は幾度も北京の都から江南へ行幸したが、小説や言い伝えの世界では、水戸黄門のように各地をお忍びでめぐり歩いたことになっている。そうしてあちらこちらに、この皇帝と食べ物にまつわる話がある。豆腐ももやしも、乾隆帝の膳にのぼれば名菜になってしまうのだから、大したものだ。2

 何というか、いかにも乾隆帝っぽい話。そこら中に目黒のサンマがうようよしているわけです。

 最近作では割に迷走しているイメージがあったのですが、またでふ先生の美味しそうな記事に巡りあえて幸せです。とりあえず、美味しい宴会料理を食べるように味わって読みます♪また渋谷中華料理屋に行きたくなりましたよ。

  1. 國立故宮博物院 National Palace Museum
  2. 南條竹則『飽食終日宴会奇譚』日本経済新聞出版社 P.29~31

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燕京八景 瓊島春陰

 今日も去年、2008年11月に北京に行った際の写真のお蔵出し。昨日は意外と長い文章になったので今回はサラッと。

これ撮る時に派手に転んで同行者たちをドン引きさせました

これ撮る時に派手に転んで同行者たちをドン引きさせました

 今回は燕京八景瓊島春陰章宗の頃からいわれ出した1名所のキャッチフレーズに、乾隆帝が乗っかって文句を代えたり場所を変えたりしたわけです。

横にも何か掘ってます

横にも何か掘ってます

 ちなみに明昌年間乾隆年間燕京八景は以下の通り。
■明昌年間■
1:太液秋風 2:瓊島春陰 3:道陵夕照 4:薊門飛雨 5:西山積雪 6:玉泉垂虹 7:盧溝暁月 8:居庸畳翠
■乾隆年間■
1:太液秋風 2:瓊島春陰 3:金台夕照 4:薊門煙樹 5:西山晴雪 6:玉泉趵突 7:盧溝暁月 8:居庸畳翠2

 文句の異同があるのは三カ所、場所の異同があるのは一カ所ですね。ちなみに道陵章宗の陵墓です。整備された絶景だったようですが、明代万暦帝女真族の末裔たる満洲族に対する報復として道陵を破壊させたので、乾隆帝の選からは外れています。いたたまれない話ですが、ドルゴン北京入城する際に道陵破壊の報復として、万暦帝定陵の地上部分を破壊されたようです。因果応報ですね…

聳え立つ感じで素敵です

聳え立つ感じで素敵です

 で、現在立ち入りを禁止されている箇所を除いて、燕京八景の石碑巡りでもしたいナァ…と考えていたら、ググるともうやっておられる方がおられました…。

 この際の北京旅行ではできるだけこの石碑を巡ろうと思いつつ、結局地下鉄10号線 金台夕照駅に近い金台夕照にすら行けず、瓊島春陰のみになってしまったわけです。せめて太液秋風くらいは遠景から眺めたいと思ったのですが、団体行動を乱すわけにも行かずこれも断念…。

 ちなみに瓊島春陰の石碑は北海公園内の以下の場所にあります。


より大きな地図で 北京観光 を表示
  1. 《明昌遺事》…ただ、燕京八景のソースとしてよく提示されるモノの、作者すら不明。
  2. 百度百科 燕京八景
  3. 散歩ing老北京 ~北京街歩き写真集

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普渡寺=叡親王府

 と言うワケで、2008年11月に北京に行った際に観光した場所の第二段。このときの旅のテーマである普度寺叡親王府です。

結構見かけない様式の建築

結構見かけない様式の建築

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それは康煕帝…

 一番大きな画像は康煕帝…。ちなみに、サザビーズに出品されるのは乾隆帝の『八征耄念之寶』…在位五十五年、傘寿八十歳を記念して作られた玉爾です。判子大好き皇帝の乾隆帝がいろいろ持ってた玉爾の内の一個だとは思うんですが、十二支噴水と同じような愛国アイテムになり得るんでしょうかねぇ…。でも、この程度で大騒ぎだと、まかり間違って日本に『十全老人之寶』があるとか言うのが報道されたら、デモの洪水が藤井斉成会有鄰館に殺到するんですかね…。

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