4月 20 2010

NHKドラマ 蒼穹の昴 第12回 それぞれの戦(いくさ)

Posted by 宣和堂 in 徒然, 歴史

 と言うワケで今回は前回に引き続き珍妃のお仕置きの回ですね。写真のことで皇后にいびられた珍妃は、李蓮英の売官のことをそれとなーく光緒帝に告げ口して、却って分を超えて政治に口出ししたことを慈嬉太后に責められて罰を受けます…。

 と言うコトになっていますが、史実に残る事件は真逆ですね…。ちょっと長くなりますが引用します。

 (前略)長春宮の回廊を飾る『紅楼夢』に壁画である。
 透視図による斬新な構図と巧妙な遠近法、一草一葉にいたる細密絵画の手法は、あたかも長春宮が『紅楼夢』の世界の中に存在しているかのような錯覚をもたらす。
 中国の『源氏物語』ともいわれる曹雪芹の長編小説『紅楼夢』は、帝王の封建制を批判したという理由で乾隆が「禁書」としたが、晩清にいたって西太后の愛読書となり、爆発的な流行をみた。西太后の熱中ぶりを知る瑾妃と珍妃の姉妹が、西太后六十歳の賀の贈物として、太后の居宮を飾るべく趣向を凝らしたのであろう。清末の進士で宮廷事情に通じた九鐘主人こと呉士鍳の著『清宮詞』の珍妃を詠った部分の注として「珍、瑾二妃は畫苑をして紅楼夢大観園を畫かしめ、内廷臣に詩を題せしむ」の添書がある。姉妹が発案して大観園の絵画を描かせただけでなく、さらに内定の官人に詩文を求めていたことが知られる。(中略)
 まさに才気煥発を謳われた珍妃姉妹が西太后への恭順を示す「気のきいた贈物」であった。しかしこの抜群のアイディアが王臣達の疑念を招く結果になる。これだけの作品に要した金銭的負担───いかに皇帝の寵愛をうけているとはいえ、この正月、妃に昇格したばかりの姉妹ではないか。その封銀でとうてい賄えるはずもないこの制作費は、いったいどこから出たのだろうか、と。1

 (前略)西太后六十歳の賀の恩恵として珍嬪とその姉は妃に昇格した。その感謝のしるしとして秋の祝典に披露された『紅楼夢』の障壁画は、その抜群の着想で廷臣たちをあっと言わせた。しかしその直後、もう一度全宮廷をあっと言わせる事件が生じる。姉妹そろって妃から無品の貴人に二階級降格させられたのである。(中略)
 その問題とは、口利きによる収賄「売官」であった。2

 と言うワケで、慈嬉太后に懲罰を受けたのは出しゃばって売官を糾弾したからではなく、還暦祝いの為に売官して儲けたためだったわけですね。このスキャンダルが発覚すると、芋蔓式に珍妃のお付きの太監や慈嬉太后お付きの太監も罪を問われて、死刑に処されています。となると、この事件の二年後には妃に復帰している珍妃瑾妃はやはり光緒帝の寵愛あつかったと言うコトでしょうか…。もしくはスキャンダルを利用してお仕置きされたモノか…。どっちもありそうですけど。

2008年11月23日 宣和堂撮影 長春宮扁額

2008年11月23日 宣和堂撮影 長春宮扁額

長春宮紅楼夢長廊

長春宮紅楼夢長廊

 と、長春宮の写真です。いつもの如く写真はあるんですが、紅楼夢障壁画は絵画保護のためにガラスがビッチリはめ込まれているので、あんまりきれいに撮れないんですよねぇ…。暗いしフラッシュ弾くでまともに撮れたことがありません。自分の技術ではコレが精一杯。

 で、個人的には待ちに待ってた李鴻章が漸く(名前だけ)登場するわけですが…原作と扱いが180°違います……。また大陸で評価変わってきたんですかねぇ…。近代化の英雄=ジェネラル・リーではなくどっちかというと、旧態依然とした漢奸買弁のイメージで進めるみたいですねぇ…。

 代わって原作では名前が出て来ない馮子材清仏戦争の英雄として出てきます。自分は寡聞にして知らなかったので、「ええ~清仏戦争って言ったら黒旗軍劉永福じゃないの?」とガッカリでしたが、調べてみると実在の人物で太平天国関係では有名な人だった模様…。光緒帝とも縁があるので、あの文脈なら劉永福ではなく馮子材なんだろうなぁ…と納得。ちなみにこんなおじいちゃんだったみたいです。

《清史図典》第十二冊 光緒 宣統朝 下 P.222

《清史図典》第十二冊 光緒 宣統朝 下 P.222

 今でも公園で太極拳してそうなおじいちゃんですが、六十超えてベトナム遠征してフランス軍の大砲の中に矛持って突っ込んで撃退したり、七十超えても義和団が迫る北京に駆けつけようとしたりする元気なおじちゃんだったみたいです。知らないコトっていっぱいあるんだなぁ…。勉強になりました。

  1. 入江曜子『紫禁城──清朝の歴史を歩く』岩波新書 P.147~148
  2. 入江曜子『紫禁城──清朝の歴史を歩く』岩波新書 P.156
4月 13 2010

NHKドラマ 蒼穹の昴 第11回 初めての取材

Posted by 宣和堂 in 徒然, 歴史

 さて、今回は春児の取材から始まります。…原作では取材後にハゲでデブで四十絡みのトマス・バートン岡圭之介を連れて教会を訪れたりして、郎世寧ことジョゼッペ・カスティリオーネベネチアングラスの関係について語ったりしたのですが、丸ごとカットですねそうですか…。堂子に安置してある龍玉がダミーという設定自体がすでに無いようなので、仕方が無いかも知れませんね…。
 で、珍妃の出番です。今回は珍妃が宮中で写真を撮ると言うので一悶着、いつもイライラしてる皇后にイチャモンつけられます。

中央電視台《故宮》第五集 〈家国之間〉より

中央電視台《故宮》第五集 〈家国之間〉より

 珍妃が写真好きであったとか、紫禁城にカメラを最初に持ち込んだのは珍妃であるとか、光緒帝とコスプレして太監に撮らせたとか言う話はあったみたいです。ただ、真っ当な本で読んだことがなかったり…。謎ですねぇ…。

 で、今回は珍妃が生活していた景仁宮の写真でお茶濁します。
 写真は全て2008年11月23日に宣和堂が北京故宮に参観した際に撮影したモノです。

景仁宮の入り口 障壁が大理石

景仁宮の入り口 障壁が大理石

景仁宮の扁額 質素で飾りがあんまり無いです

景仁宮の扁額 質素で飾りがあんまり無いです

割と風情のない外観です

割と風情のない外観です

2008年11月23日時点では中で陶磁器を陳列してました

2008年11月23日時点では中で陶磁器を陳列してました

多分満洲国経由で摂取された溥儀旧蔵品

多分満洲国経由で摂取された溥儀旧蔵品

景仁宮でしか見なかった大きな木

景仁宮でしか見なかった大きな木

景仁宮の井戸 ある意味こっちが本当の珍妃井w

景仁宮の井戸 ある意味こっちが本当の珍妃井w

 東六宮の一つである景仁宮は、康煕帝の生地である…と同時に珍妃戊戌変法の前に居住していた宮殿です。慈嬉太后が起居した西六宮と比べて地味な印象なのですが、本来は咸豊帝正皇后慈安太后東六宮で暮らしていたことからも分かるように、宮殿のヒエラルキーとしては東の方が上です。
 ただ、慈嬉太后の還暦祝いのリフォームが壮麗であったために、西六宮の方が豪華に見えますよね…。景仁宮珍妃の悲劇性も相まって、非情に質素で閑散とした印象があります。珍妃井よりも気にしてみてる人はいなかったように思います。
 留学時代は非公開地域だったので、参観したときにはテンション上がりましたw

 で、今回はおまけで美顔ローラー

永寿宮の展示室にて 手前右が美顔ローラー

永寿宮の展示室にて 手前右が美顔ローラー

 前回見つからなかった美顔ローラーの写真です。自分が行ったときには永寿宮の陳列室で展示されてました。記憶は確かでしたw

3月 22 2010

NHKドラマ 蒼穹の昴 第七回 噂

Posted by 宣和堂 in 徒然, 歴史

 かなり間を開けてしまいましてスンマセン。忙しかったわけでもないんですが、何となく機を逸してしまいました。
 今回は何とも…。原作とも史実ともあんまり重ならない部分だったので仕方なく北洋水師でお茶濁そうかと…。

《清史図典》第十二冊 光緒宣統下 P.249

《清史図典》第十二冊 光緒宣統下 P.249

 男の子のロマン・戦艦ですね。北洋水師が誇る戦艦・鎮遠です。創建光緒6(1880)年、世界最大規模の戦艦で旗艦・定遠の同型艦です。定遠鎮遠を中心としたの海軍力は光緒11(1885)年当時、世界八位、アジア一位の規模を誇っていました。光緒14(1888)年に北洋水師が正式に成立とともにその中核を担います。が、日清戦争甲午戦争)は光緒20(1894)年ですから新鋭艦というワケではなっかったわけです。その後も戦艦クラスの艦艇が増設されることもなかったわけですから、頤和園造営のために資金が削減されたかどうかはともかく、北洋水師にあまり資金は回らなかった…少なくとも日本連合艦隊ほど潤沢な資金はなかったといえるでしょう。

《清史図典》第十二冊 光緒宣統朝 下 P.247

《清史図典》第十二冊 光緒宣統朝 下 P.247

 便乗して『坂の上の雲』にも出てきた、北洋提督丁汝昌の写真。結構NHKドラマの役者さんは似てたと思います。日清戦争後にピストル自殺しますが、このあたりのイメージが王逸に紛れ込んでいるんでしょうね。

《清史図典》第十一冊 光緒宣統 上 P.135

《清史図典》第十一冊 光緒宣統 上 P.135

 関係ないですが、北洋新軍…つまり陸軍の演習風景です。新式軍隊とは言え、この頃はまだ辮髪結ってたわけです。

《清史図典》第十一冊 光緒宣統朝 上 P.135

《清史図典》第十一冊 光緒宣統朝 上 P.135

 これはナカナカ面白い絵です。

2月 18 2010

NHKドラマ 蒼穹の昴 第六回 皇帝のお気に入り

Posted by 宣和堂 in 徒然, 歴史

 と言うコトで、今回は梁文秀活躍の回ですね。彼が慈嬉太后に《治平宝鑑》を講釈するのが見所ですね。話に出て来る孝荘太后太宗ホンタイジ皇后にして順治帝母后で同時に康煕帝祖母に当たる人ですね。…まあ、同時にドルゴンと恋仲にあったとか言われる人でもあるわけですが…。聡明だったとか、美人であったとか言われる人なんですが…。

《清史図典1》P.194

《清史図典1》P.194

 画像を見ると…なんだか、微妙…。頭は良いんでしょうけどね。

《清史図典2》P.175

《清史図典2》P.175

 一応、まだまとも?だと思われる画像をチョイス。晩年はガキ使いのおばちゃん浅見千代子)似の老女になっていくわけです…。あわわ…。
 で、原作に出てきたのかよく憶えてませんが、《治平宝鑑》と言う書物、どうやらいい加減にチョイスしたわけではなく、本当にある書物みたいですね。

  • 呉樵子 註訳 《治平宝鑑
  •  《治平宝鑑》は慈嬉太后勅撰の書物みたいですね。漢代から明代までの政治に参与した女性に関する歴史書…だったみたいですね。と言うワケで、慈嬉太后に《治平宝鑑》の講釈するというのも…なんだか釈迦に説法という感じもしますね。おまけに明末で記述が終わっているようなので、この本に孝荘皇后が出てくるかはちょっと微妙ですし…。

     ちなみに字幕では文皇后となっていましたが、《清史稿》などでは文皇后ですね。簡体字変換するときに間違えたんでしょうが、国営放送がカッコワルイ。

    2月 18 2010

    NHKドラマ 蒼穹の昴 第五回 宮廷へ

    Posted by 宣和堂 in 徒然, 歴史

     と言うワケで今更先々週放送分の更新です。
     丁度、春雲が宮廷に上がった頃ですから、史実的にはあまりネタが無いんですよね…実際。ようやっと春児が貧乏辮髪から真っ当なキッチリ辮髪になったという印象しか…。
     というのはともかく、今回は京劇回だったわけで、その辺でチラッと画像出してお茶濁しておきます。

    樊梨花、薛金蓮 《故宮珍蔵人物照片薈萃》紫禁城出版P.266

    樊梨花、薛金蓮 《故宮珍蔵人物照片薈萃》紫禁城出版P.266

     いやぁネタはないなぁ~等と思って 《故宮珍蔵人物照片薈萃》を見ていたら…丁度、劇中に出てきた演目《樊江関》の写真が見つかったのでとりあえず貼っておきます。
     この写真集のキャプションとしては、京劇の写真は間違いなく紫禁城収蔵のモノだけど宮中で撮影されたモノ、宮廷の外で撮影されて宮廷に収蔵されたモノがある……と言うコトです。
     なので、宮中で撮影されたかも知れないし…そうではないかも知れない写真と言うコトになります。まあ、樊梨花薛金蓮の衣装の参考くらいにはなりますかね。
     まあ、衣装は実際のモノよりも見栄えのするモノを使っていると解釈したら良いんですかね?