2月 18
宣和堂徒然, 歴史 中国史, 京劇, 大清, 慈嬉太后, 故宮, 浅田次郎, 画像, 蒼穹の昴, 辮髪
と言うワケで今更先々週放送分の更新です。
丁度、春雲が宮廷に上がった頃ですから、史実的にはあまりネタが無いんですよね…実際。ようやっと春児が貧乏辮髪から真っ当なキッチリ辮髪になったという印象しか…。
というのはともかく、今回は京劇回だったわけで、その辺でチラッと画像出してお茶濁しておきます。
樊梨花、薛金蓮 《故宮珍蔵人物照片薈萃》紫禁城出版P.266
いやぁネタはないなぁ~等と思って 《故宮珍蔵人物照片薈萃》を見ていたら…丁度、劇中に出てきた演目《樊江関》の写真が見つかったのでとりあえず貼っておきます。
この写真集のキャプションとしては、京劇の写真は間違いなく紫禁城収蔵のモノだけど宮中で撮影されたモノ、宮廷の外で撮影されて宮廷に収蔵されたモノがある……と言うコトです。
なので、宮中で撮影されたかも知れないし…そうではないかも知れない写真と言うコトになります。まあ、樊梨花・薛金蓮の衣装の参考くらいにはなりますかね。
まあ、衣装は実際のモノよりも見栄えのするモノを使っていると解釈したら良いんですかね?
2月 08
宣和堂徒然 NFL, 画像
と言うワケは今日は有給取って日がな一日NFLでした。Twitterで実況的な事をしながら見ていたんですが、スポーツバーで見てるみたいでナカナカ面白かったです。
試合結果はもちろん、試合経過も面白いなかなかの名勝負でした。大嫌いな選手ですがやっぱりManning兄は凄いなぁ…。負けてる分には評価できますが。
ともあれ、自分はNE×MINで新旧QB対決がSBで見たかったので、もうそれは叶いそうにないんですが、この試合はこの試合で面白い試合でした。
ゲータレードシャワーが無くて今シーズンはヤキモキした
蒼穹の昴はあんまり書くこと無いのでしばし待たれよ!
1月 25
宣和堂歴史 テレビ, ドラマ, 乾隆帝, 北京, 大清, 慈嬉太后, 故宮, 浅田次郎, 珍妃, 画像, 蒼穹の昴, 辮髪
と言うワケで、今週は親政を睨んでの光緒帝の選秀女=皇后選びですね。ここで有名な珍妃登場です。
ドラマの中でも、光緒帝が徳馨の娘二人の美貌にぽわわ~んとなって危うく未来の皇后の象徴である玉の如意を渡しそうになったのを、慈嬉太后が『皇上!』と、一括して弟・桂祥の娘=姪の靜芬(ドラマでは喜子になってましたが…)に渡すように促してましたね…。この一件で慈嬉太后は徳馨の娘二人に危機感を抱いたため、代わりに長敘の娘二人に荷包を押しつけた…要するに貴嬪として宮中に招いたわけですね。
当然、靜芬は後の隆裕皇太后。長敘の娘二人は後の瑾妃と珍妃です。
故宮周刊 第三十期 第一版→劉宮女の証言では南海で撮影されたという
悲劇性と茶目っ気のある挿話が相まって、人気のある珍妃も絶世の美女とされる事もあるのですが…。男装して光緒帝に侍っているところを臣下と謁見しても、お付きの若い宦官ぐらいにしか思われなかったみたいなので、人目を引く容姿ではなかったのかも知れません。
と言うワケで以前にも出した珍妃?と言われる画像を再掲。
あと、乾隆帝が登場。一神教の神様かよ!という感じの登場でしたが、光緒帝の初夜にデバガメするような茶目っ気はなさそうですね…。壽皇殿は歴代皇帝を祀った場所なので、ああいう感じの使い方で良いんだと思います。でも、壽皇殿は景山の麓にあるんですがそんな感じの描写ではなかったですね。
若き日の乾隆帝 郎世寧画?
今回は乾隆帝の若かりし日の肖像画上げておきます。皇帝の肖像画には落款が無いので普通は作者は分からないのですが、あまりにも独特なタッチなので間違えようがないので郎世寧です。
一方、春児は黒牡丹に弟子入りして京劇の英才教育を受けます。流石に京劇役者さんだけあってこういうシーンは映えますね…。正直驚きました。
あと、王逸の李鴻章麾下への転属ってこんなに早かったかなぁ…と。順桂に比べて王逸の出番が少ないような…。
と、来週は漸く春児の入内…じゃない宮中入りですね。
1月 14
宣和堂徒然, 歴史 チベット, 中国史, 北京, 東トルキスタン, 画像
ニュースを見て試してみた。
Google中国で天安門事件画像がザックザク!
ええ~?
Google中国でダライ・ラマ画像がザックザク!
ほんとだ!
Google中国で雪山獅子旗画像もザックザク
これも!
キョック・バイラックも画像でウハウハ
これまでも!
コレも出てくる法林功
スゲーなぁ…。やり放題だ…。
今まで中国での検閲の受け入れる等、屈従外交を強いられていたGoogleさんがいよいよキレた…。でも、一企業が中国から撤退と言うだけで凄いニュースだなぁ…。やはり自分の中ではGoogleさんは東インド会社(オランダもイギリスも)とイメージがかぶるんだけどなぁ…。
追記:A new approach to China
訳文のある記事→Google、中国からの大型サイバー攻撃に中国市場撤退も
一応Google公式Blogも上げときましょう。とりあえず、中国の精鋭スーパーハカー相手でもG-mailのセキュリティーは抜けなかった!という良い宣伝には…なるのかなぁ…。
1月 10
宣和堂歴史 テレビ, ドラマ, 北京, 大清, 故宮, 李鴻章, 珍妃, 画像, 蒼穹の昴, 辮髪
と言うワケで第二回です。ドラマ版では春児と玲玲が孤児になってて、梁文秀の実の母に育てられたので、なんだか義兄弟になりましたという改変にポカーン。春雷にいちゃん…いないことになっちゃったよ…。
と言うコトで今回は前回話が出た光緒帝の親政へ向けて、垂廉聴政から訓政に移る過程…ですね。
大清…というかダイチン・グルンは早くから漢化されて、乾隆年間頃には満洲人は漢人とほとんど変わらなかった!とか言われがちですが、それこそがダイチン・グルンが腐心して支配下の漢人に植え付けた”中国”イメージによるモノです。満漢合壁の勅旨なども、満文は漢文と同じ事が書かれているだけだ!なんて思われがちですが、最近のマンジュ語研究ではマンジュ語の文章の方がより詳細で、具体的な内容であることが分かってきているようです。このドラマが言うように、漢人を信じるな!的な事はほんとにあったみたいなんですよね。
《清史図典 第十一冊 光緒 宣統朝 上》紫禁城出版 P.6
実際、清朝は歴代、科挙制は残されて、漢人にも相当な権力があったように誤解しますが、あんまり軍事権や行政権の大権は漢人には貸与されていませんし、満洲人が八旗以外の漢人と婚通することも無かったようなので、通常考えられているよりもずっと漢化していなかったりするようです(実は、新中国になってから満人…とされているのは、満洲八旗はもちろん、漢人八旗、蒙古八旗を含む旗人だったりする。旗人間では通婚が盛んで生活様式も旗人様式と言えるモノだった模様。なので、遺伝的には漢人の血は入っている)。
本当の意味でダイチン・グルンが漢化したのは実は慈嬉太后(西太后)の頃だったのではないか?と個人的には思っています。慈嬉太后は治世の前期こそ、恭親王・奕訢をはじめとする満洲貴族を頼ったモノの、清末の国難に対して軍事の大権を曾国藩や李鴻章、左宗棠などの漢人官僚に与えました。光緒帝も戊戌変法の際には康有為や梁啓超ら漢人に頼りました。劇中に出てくる栄禄は満洲人ですが、やはり実力的には李鴻章らと比較すると、ちょっと見劣りするのが事実…。
最終的には宣統帝・溥儀の満洲人蔑視…と言っても良いくらいの不信感に繋がっていくわけです。実は国父摂政王 醇親王・載灃が組閣した、清末の満洲貴族の内閣は、満洲復古の目から見れば、いつ裏切るか分からない漢人の手から、信用のおける満洲貴族に大権を戻す試みだったわけです。結局、その試み自体は辛亥革命で頓挫するわけで、時期をわきまえないお坊ちゃんの誇大妄想だの、民情を顧みない暴挙だのと後世からは言われるワケです。漢化からダイチン・グルンを復活させるため…と考えれば、非難されるべき施策ではないんですが、ちょっとやり方は拙かったんでしょうね。結局、醇親王・載灃はあんまり良いところを見せることなく、一度は追放した袁世凱に頼って、結局はダイチン・グルンを滅亡させたワケですから、よく言われることはないんですけどね…。
ちなみにこのドラマに出てくる、光緒帝の父親である醇親王・奕譞はもちろん、宣統帝・溥儀の父親である醇親王・載灃の父親でもあります。光緒帝と醇親王・載灃は兄弟ですから…。
と、ドラマの関係ない系図と漢化の話するくらいですから、あんまり大した感銘を受ける回ではなかったと言うコトです。安徳海は実在の人物ですが、慈嬉太后の不興を買って処刑されたわけではなく、同治年間に慈嬉太后の助命嘆願を無視されて、官僚に処刑された太監なんですけどねぇ…。
あ、あと珍妃は新しいモノ好きで、紫禁城に最初にカメラを持ち込んだのは珍妃だとも言われています。コスプレして光緒帝とのツーショットを宦官に撮らせたとも言われていますが、現像された写真の実物はありません。光緒帝の肖像も写真のモノは残念ながらありません。なので、もっとも有名な朝服図でも貼っておきます。
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