[歴史屋のたわごと2]露伴の『運命』とその彼方─ユーラシアの視点から

 と言うワケで、久しぶりに神田に行ったついでに東方書店冷やかすつもりで、何冊か本買っちゃいました…。その中でも、杉山正明『[歴史屋のたわごと2]露伴の『運命』とその彼方─ユーラシアの視点から』平凡社 がいつも通りの感情論で押し進めるやり方がむしろ清々しかったのでメモ。

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清初ウラナラ閨閥 継妃

  前の項で触れた、ホーゲの母親であるホンタイジ継妃……の父親であるボクド・ベイレですが、よくよく《清史稿》を見るとブジャンタイの伝にボクドについて記述がありました。

(萬暦)三十五年春正月,東海瓦爾喀部蜚悠城長策穆特黑謁太祖,自陳屬烏喇,為布占泰所虐,乞移家來附。太祖命貝勒舒爾哈齊褚英、代善率諸將費英東、扈爾漢、揚古利等以兵三千至蜚悠城,收環城屯寨五百戶,分兵三百授扈爾漢、揚古利護之先行。布占泰使其叔博克多將萬人要諸途。日暮,扈爾漢依山結寨以相持。翌日,烏喇兵來攻,揚古利率兵擊敗之,烏喇兵引退,渡河陟山為固。褚英、代善等率後軍至,緣山奮擊,烏喇兵大敗,代善陣斬博克多。是日晝晦,雪,甚寒,烏喇兵死者甚眾,俘其將常住、胡里布等,斬三千級,獲馬五千、甲三千以還。i

 攻め込んできたマンジュに抗戦するために、ブジャンタイが叔父に当たるボクドに兵を預けて派兵してますね。善戦はしたようですが、シュルガチチュエンダイシャンフィヨンドンフルガンヤングリの軍勢に対抗しきれず、遂にはダイシャンに斬られています。これはどうやら継妃ホンタイジに嫁ぐ前の話のようなので、中々ややこしいですね。

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  1. 《清史稿》 卷二百二十三 列傳十 [戻る]

清初ウラナラ閨閥

 前項で触れた四人の皇族の嫁さんがみんなウラナラブジャンタイiって人の娘さんだった話の続きです。サックリ種明かしをしてしまえば、このブジャンタイって人はフルン四国(海西女直)のウラの最後のベイレ(国主)・ブジャンタイ・ベイレ(Bujantai 布佔泰)のことです。
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  1. ブジャンタイとウラの系譜については 松浦茂『中国歴史人物選 第11巻 清の太祖 ヌルハチ』白帝社 に依る [戻る]
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