蘭陵王#3黄河の氷を砕け!

 ツラツラと『魏晋南北朝通史1を読んでいたら、『蘭陵王2で見かけた記事があったのでメモ。

 で、 『蘭陵王』を読んでいて気になったのが、以下の個所。

(前略)連日、雪が降り、黄河は氷結した。雪がやんだある日、蘭陵王が月琴にいった。
「西岸のようすが見えるだろう、そなたの眼なら」
 そういわれて、月琴は対岸を遠望した。黄河の西岸は周の領土だ。黄河の幅は二里ほどであろうか、灰色の空と白い河氷との間に、黒い点がいくつもうごめいている。
「どうだ?」
「岸の近くで、しきりに人影が動いております。ああ、氷を割っているのですね。風に乗って、指示する声も流れてきます」
「なぜ氷を割るのか、わかるか」
「氷を溶かして氷にでもするのでしょうか」
 月琴が思いつきを口にすると、「ちがう」と蘭陵王は笑いつつ頭を振った。
「冬になると、周軍は黄河の氷を割る。わが軍が氷上を渡って攻撃してくるのではないか、と恐れているのだ」
「邙山之戦」以後、周軍は斉軍に勝ったことがない。蘭陵王や斛律光にひきいられた精鋭が氷上を駆け渡って黄河西岸に上陸してくる、と言う悪夢が周軍をおびえさせている。
「冬になっても周軍が黄河の氷を割らなくなったら、それは周が斉を恐れず、逆に、斉を武力で併呑するだけの自信を得たということだ。だから、わたしは、西汾州一帯の将兵に指 示して、対岸のようすを報告させている」3

 おお~何だか氷を割って進軍を防ぐってホントっぽい~~!ケド、何だかえもいわれぬ違和感を感じるわけです。臭う…何かが臭うぜ~~~~!
 で、『魏晋南北朝通史』を読み返していたら、あっさりとビンゴ!と言う記事が見つかったり…。

斉の高洋のころは周人つねに斉兵の西出を懼れ、冬月に至れば河を守って氷を椎いた。しかるに高湛位について以後、嬖倖事を用いて朝政ようやく乱れ、かえって斉人は氷を椎いて周兵の逼るに備うるに至ったと。4

 ……もう、蘭陵王が活躍してる頃には東岸で氷割ってるジャン…。邙山攻防戦とか関係なく、もう見切り付けられてるジャン!まあ、主人公が蘭陵王じゃそうかっこ悪いことも書けなかったんだろうけど。
 と、『魏晋南北朝通史』には、この記事は《資治通鑑》から~と書いてあったので、とりあえず元の記事を寒泉で検索。すぐに見つかるネット時代!素晴らしい!

初,齊顯祖之世,周人常懼齊兵西渡,每至冬月,守河椎冰。及世祖即位,嬖倖用事,朝政漸紊,齊人椎冰以備周兵之逼。5

 念のため断っておきますと、コッチは胡註ではなく《資治通鑑》本文でした。
 まあ、内容は『魏晋南北朝通史』の訳文の通りで、文宣帝の頃は北周黄河西岸で氷をバッキンバッキン割ってたけど、武成帝の頃には北斉黄河東岸で氷をバッキンバッキン割ってたようですね…。《資治通鑑》によると。
 なので、史実ベースで『蘭陵王』を書くとすると、蘭陵王長恭は対岸で氷割るのを不安がって見ているような余裕はなく、恐らく部下には監視じゃなくて、氷割る指示を出しているハズですね…。

  1. 岡崎文夫『魏晋南北朝通史 内篇』東洋文庫
  2. 田中芳樹『蘭陵王』文藝春秋
  3. 『蘭陵王』P.239
  4. 『魏晋南北朝通史 内篇』P.397
  5. 《資治通鑑》巻一百六十九 陳紀三 文帝 天嘉五年 正月

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です