甲骨文字に歴史を読む

 さて、ドメイン代行の更新を忘れて一時的に繋がらない状況になってました。誰より自分がビックししましたけど、何事もなかったかのように記事を続けます。

 と言うワケでしばらく前に、落合淳思『甲骨文字に歴史を読む』ちくま新書 を読みました。以前読んだ『古代中国の虚像と実像』講談社現代新書 と同じ作者の本ですね。『古代中国の虚像と実像』は思いつきで書いたとしか思えないような、トンデモ一歩手前の本でしたがその中では甲骨文字の部分は面白かったので購入していたのをすっかり忘れてました。

 甲骨文字は知られているように、亀の甲羅牛の肩甲骨を熱して占った内容をその甲羅や骨に書き記した文字です。と言うコトは知られているモノの、意外に実際に亀の甲羅牛の肩甲骨を加工して占ってその結果の記事があります。こういう記事は見たことが無かったので、新鮮ですね。結果的には骨や甲羅を加工しているのは、占いの結果をコントロールするための作業であったと結論づけています。つまり、神権政治と言われて占いをはじめとした神秘主義が全てを支配していたような印象のある殷代ですら、政治の道具として占いと言う手法が使われて、それを神託という形で臣民が納得していた…と言うコトですね。神秘的な世界が一気にトリックのインチキ宗教家に堕してしまったような気がしますが、存外理知的で安心しました。

 あと、甲骨文字に残る祭祀の状況から、自然神と考えられる”“の信仰が殷初期から中期頃にかけて盛んになるモノの、その後はむしろ祖先神の祭祀が盛んになったと指摘しているのはナカナカ興味深いですね。

 また、この本では奴隷制社会と言われた殷代の社会を、実は奴隷が少なかった社会ではなかったか?という仮説にも言及してます。殷代の王墓が巨大なのも、偃師商城が発掘状況から予想される人口に対して遙かに強大な城壁を有しているのも、エジプトピラミッドのように公共事業として自由民を使役して創建されたモノではないか?としていますね。確かにそっちの方が説得力があります。

 甲骨文の解釈や発掘状況から考えて、の直接支配領域は意外と小さい範囲で、王の狩猟地も半日行程で回れるような場所が多かったようです。とはいえ、この時代地名と集団名は同一であったため、周代以降集団が遠方に移住するに従って地名も広範に広がった…という説は移住の事実が明らかにならない限りは机上の空論でしょうね。

 更に、甲骨文字から復元できる王名と《史記》に残る王名が一部とは言え食い違う部分があることに注目してます。初期中期祖先祭祀では見られなかった王名が、殷代後期から急に加えられたり、帝辛紂王)の前代の王・帝乙の名が見られないコトなどの指摘は面白かったデス。ただ、始祖伝説と関係づけるために帝乙と言う王を捏造し、それを西周が後押ししたというのはちょっと眉唾だとは思います。ただ、始祖微子直系の王族では無いのではないか?という疑問は確かに素通りできませんね。…しかし、平勢氏にしろ古代史専攻の人は好きだなぁ…。

 あと、面白かった部分を抜粋。

 なお、甲骨文字に記された祭祀では、神に捧げられている動物は家畜に限られ、狩りで捕らえられた野生動物は対象にはなっていない。野生動物は神からの贈り物であり、牧畜動物は神へ捧げるものという、ある種の交換関係が想定されていたのかもしれない。1

 言われてみるとそういうこともあるのか~という目から鱗の指摘。古代人の精神世界を証明できるとしても本来はこの程度ですね。

「馬」は馬を用いることを職能とした集団であり、当時は戦争に馬車(戦車)が使われたので、それを扱っていたのだろう。「族」は、のちに血縁関係を表示する意味になるが、字形は軍旗(〓)2と矢(〓)3から成り、殷代には軍隊を表す文字であった。甲骨文字には軍事の際に「王族(〓〓)4」と言う集団が動員されていることから、殷代には王の一族が戦争したと考えられた時期もあったが、殷代の「王族」は「王の軍隊」が正しい解釈である。5

 が本来は職能集団を指し、しかもは軍隊を指す…というのはどこから来たんだろう…と、割と呪術抜きでも甲骨文字は面白いです。

「羌(〓6)」は羊(〓7)の角の飾りをつけた人の形である。「羌」の異字体に「〓8」があり、「〓9」は遊牧民の風習である辮髪を表していると言われる。10

 前にも指摘したんですが、やっぱり羌族辮髪だったという指摘は興味深いです。むしろ自分にとってはこのあたりがクライマックス!

  1. 落合淳思『甲骨文字に歴史を読む』ちくま新書 P.077
  2. 甲骨文字1
  3. 甲骨文字2
  4. 甲骨文字3
  5. 落合淳思『甲骨文字に歴史を読む』ちくま新書 P.117
  6. 甲骨文字4
  7. 甲骨文字5
  8. 甲骨文字6
  9. 甲骨文字7
  10. 落合淳思『甲骨文字に歴史を読む』ちくま新書 P.096