サカサマのパテマ

 と言うワケで、先週張り切って『サカサマのパテマ』を見に行きました。例によって例の如くアニメ映画。初めはノーチェックだったのですが、評判が良いらしいと言うネット評を見て気になってました。直球のジュブナイルというか、ナウシカみたいなお姫様が地下から落ちてきて、カリオストロ伯爵かレプカみたいな人にさらわれて、随分若い宮崎ルパンが救いに行くという、随分ジブリ…というか宮崎駿を意識した作りになってました。

 ありきたりな異世界ボーイ・ミーツ・ガールモノですけど、パッと見て文化が違うのだ!と、分かるサカサマ人間設定は面白かったデス。重力からエネルギーを得る実験が失敗してから時は経ち…地下に住まざるを得なくなった種族と、地上に残った種族が邂逅するお話です。危険区域にやたらと行きたがるサカサマ姫・パテマと、ディストピア・アイガのはみ出しモノ・エイジが主人公。放っておくとパテマは空に落ちてしまうので、体重が同じくらいのエイジにしがみつかないと移動できませんが、二人で巧いこと頑張れば空を飛べたりします。見に行く前に人に聞いたら「プレステのICOみたいな感じのアニメだよね?」と言われたんですが、少年と少女が手を繋いでお城を脱出するICOよりも、お互いにしがみついていないと空に落ちるパテマの方が何とも肉感的でした。
 で、エイジが暮らすアイガでは過去の忌まわしい記憶から、空は忌避するモノで空を眺めるなどと言うコトすら忌まわしいとされています。そんな社会で空ばかり見ているエイジは異端者なのです。一方、パテマは地下世界の姫とは言え、危険地区と言われる大きな穴蔵に出向いてはお付きの爺様に叱られます。他の人間はそんな場所に興味なんて持ちませんから、こちらも地下世界では異端者です。パテマにもエイジにも両親がいないという共通点があります。しかし、劇中、パテマには幼なじみのポルタ初め周りの人間には愛されていますし、エイジには彼の安否を心配するクラスメート(女子)もいますから、決して孤立しているわけではなさそうです。しかし、価値観の相違からどうしようも無くかれらは孤独だったのです。ところが、話して行くウチにサカサマの世界に生きている人間とは価値観を共有できる…と言うコトに気がつきます。掠われたお姫様を救う!というありきたりの展開ですが、同じ価値観を持つ人間を救うという動機に説得力が増したと思います。
 このアニメは究極的にはパテマとエイジのジュブナイルですが、このどうしょうも無い価値観の違いによる孤独というのは自分には響きました。全然関係ありませんが、この間見た『のんのんびより』の第四話「夏休みがはじまった」での、れんげにも感じたんですが、友人がいないわけではないけど価値観が違うので孤独になってしまう子が、価値観の合う人間と惹かれ合う…という話がどうやら自分は好きみたいですね。自分も友人はいないわけではありませんが、会話をしていても、「何言ってるか分からない」とかよく言われた思春期を思い出します…てか今でもよく言われますが…。
 ともあれ、一目で分かるくらい常識からして異なる世界と、価値観の相違から来る孤独とその価値観を共有できたときの喜び…という描写はとても素晴らしかったと思います。正直SF的な設定はあれ?それってあれとあれは矛盾しないの?とか、結局途中で出てきたあれって何なの?とか、色々ありましたが本筋とは関係のない部分だとは思うので、自分は気になりませんでした。
 まぁ…それにしても今年はやたらアニメ映画を見まくったなぁ…。

参考→サカサマのパテマ ニコニコ公式ページ

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