満文老档の時代

 清初のことを調べていると、なんとも《満文老档》がないと、どうしようもない…みたいな感じになってます。まぁ、もっと言えば中国第一歴史档案館蔵の《内国史院満文档案》見ないと詳しいことは分からんよ!なんですけどね…。まぁ、《満文老档》の和訳である東洋文庫の『満文老檔』の古書は検索すれば結構目につくんですが、価格は結構なお値段なんですよね…。で、仕方なくつらつらと国会図書館のサイト見てたら、『満文老檔』が電子化されている模様です!おお、すばらしい…と、中身見ようとしたら、現地に行かないと見せてあげないよ!っていう括りがある模様。グギギと思うものの、それぞれ目次がつけられていたので、今回はそれをペタペタ貼って誤魔化してみます。

満文老档 第1 (太祖 第1)
第一 萬曆三十五年三月―三十八年十二月
第二 萬曆三十九年二月―四十一年正月
第三 萬曆四十一年十二月―四十二年十二月
第四 萬曆四十三年正月―十二月
第五 天命元年正月―二年十月
第六 天命三年正月―閏四月
第七 天命三年五月―十二月
第八 天命四年正月―三月
第九 天命四年三月―六月
第十 天命四年六月
第十一 天命四年七月
第十二 天命四年八月
第十三 天命四年十月―十二月
第十四 天命五年正月―三月
第十五 天命五年四月―六月
第十六 天命五年七月―九月
第十七 天命六年二月―閏二月
第十八 天命六年閏二月―三月
第十九 天命六年三月
第二十 天命六年三月―四月
第二十一 天命六年四月―五月
第二十二 天命六年五月
第二十三 天命六年六月
第二十四 天命六年七月
第二十五 天命六年八月
第二十六 天命六年九月
第二十七 天命六年九月―十月
第二十八 天命六年十一月
第二十九 天命六年十一月
第三十 天命六年十二月
第三十一 天命六年十二月i

 万暦35(1607)年からってことは、たぶんフォイファを滅亡させた年から筆起こしているのかなと…。アシシン・グルンの成立は天命元(1616)年だから、その9年前からか。

満文老档 第2 (太祖 第2)
第三十二 天命七年正月
第三十三 天命七年正月
第三十四 天命七年正月―二月
第三十五 天命七年二月
第三十六 天命七年二月
第三十七 天命七年二月
第三十八 天命七年三月
第三十九 天命七年三月
第四十 天命七年三月―四月
第四十一 天命七年四月―六月
第四十二 天命七年六月
第四十三 天命八年正月
第四十四 天命八月正月―二月
第四十五 天命八年二月
第四十六 天命八年二月―三月
第四十七 天命八年三月
第四十八 天命八年三月―四月
第四十九 天命八年四月
第五十 天命八年四月―五月
第五十一 天命八年五月
第五十二 天命八年五月
第五十三 天命八年五月―六月
第五十四 天命八年六月
第五十五 天命八年六月
第五十六 天命八年六月―七月
第五十七 天命八年七月
第五十八 天命八年七月―八月
第五十九 天命八年九月
第六十 天命九年正月
第六十一 天命九年正月―六月
第六十二 天命九年六月
第六十三 天命九年六月ii

 年度としては抜けはないものの、月ごとに見ると割と歯抜けなんすな。天命7年6月の次が天命8年正月だったり、天命8年9月の次が天命9年正月だったり…。なんか、記述にムラがありますね。

満文老档 第3 (太祖 第3)
第六十四 天命十年正月―三月
第六十五 天命十年四月―八月
第六十六 天命十年八月―十一月
第六十七 天命十一年五月
第六十八 天命十一年五月
第六十九 天命十一年五月
第七十 天命十一年五月
第七十一 天命十一年三月―六月
第七十二 天命十一年六月―八月
第七十三 天聰四年三月―五月
第七十四 無 年 月
第七十五 無 年 月
第七十六 無 年 月
第七十七 無 年 月
第七十八 無 年 月
第七十九 萬曆三十八年
第八十 萬曆三十八年
第八十一 萬曆三十八年
補遺iii

 こっちも結構歯抜けの上に、天聰4年の記事が挟まっていたり、年月表記がない記事、さらに遡って万暦年間の記事が入ってますね。

満文老档 第4 (太宗 第1)
第一 天聰元年正月―二月
第二 天聰元年三月―四月
第三 天聰元年四月・正月
第四 天聰元年正月―四月
第五 天聰元年四月―五月
第六 天聰元年五月―六月
第七 天聰元年七月―八月
第八 天聰元年九月―十二月
第九 天聰二年正月―三月
第十 天聰二年三月―八月
第十一 天聰二年正月―三月
第十二 天聰二年四月
第十三 天聰二年八月―十月
第十四 天聰二年十二月
第十五 無 年 月
第十六 天聰三年正月―七月
第十七 天聰三年七月―十月
第十八 天聰三年十月―十一月
第十九 天聰三年十一月
第二十 天聰三年十二月
第二十一 天聰四年正月
第二十二 天聰四年正月―二月
第二十三 天聰四年二月
第二十四 天聰四年二月
第二十五 天聰四年三月
第二十六 天聰四年三月―四月
第二十七 天聰四年四月
第二十八 天聰四年五月
第二十九 天聰四年五月―六月
第三十 天聰四年六月
第三十一 天聰四年六月―七月
第三十二 天聰四年八月―十二月
第三十三 天聰四年正月―四月iv

 で、太宗の代に移り年号も天聰になります。天聰元年、天聰2年の記事が行ったり来たりしているのが気になりますが、歯抜けは減っていますね。網羅的になっています。

満文老档 第5 (太宗 第2)
第三十四 天聰五年正月
第三十五 天聰五年二月―三月
第三十六 天聰五年三月―四月
第三十七 天聰五年四月
第三十八 天聰五年四月―七月
第三十九 天聰五年七月―八月
第四十 天聰五年八月―九月
第四十一 天聰五年九月
第四十二 天聰五年十月
第四十三 天聰五年十月―閏十一月
第四十四 天聰五年十二月
第四十五 天聰六年正月
第四十六 天聰六年正月
第四十七 天聰六年正月
第四十八 天聰六年正月
第四十九 天聰六年二月
第五十 天聰六年二月
第五十一 天聰六年三月―四月
第五十二 天聰六年四月
第五十三 天聰六年五月
第五十四 天聰六年六月
第五十五 天聰六年六月
第五十六 天聰六年六月
第五十七 天聰六年七月―八月
第五十八 天聰六年八月―九月
第五十九 天聰六年十月
第六十 天聰六年十一月―十二月
第六十一 無 年 月v

 巻数変わって分かりづらいですけど、天聰4年4月から天聰5年正月に飛んでますね。それ以外は年月飛ぶこともなくキッチリ並んで歯抜けもありません。やればできるじゃん!

満文老档 第6 (太宗 第3)
第 一 天聰十年正月
第 二 天聰十年二月
第 三 天聰十年二月
第 四 天聰十年二月
第 五 天聰十年三月
第 六 天聰十年三月
第 七 天聰十年四月
第 八 崇德元年四月
第 九 崇德元年四月―五月
第 十 崇德元年五月
第十一 崇德元年五月
第十二 崇德元年五月
第十三 崇德元年五月
第十四 崇德元年五月
第十五 崇德元年六月
第十六 崇德元年六月
第十七 崇德元年六月
第十八 崇德元年六月
第十九 崇德元年七月
第二十 崇德元年七月
第二十一 崇德元年七月
第二十二 崇德元年七月
第二十三 崇德元年七月
第二十四 崇德元年八月
第二十五 崇德元年八月vi

 と、言った後にいきなり年単位でスッ飛んでますね。天聰6年12月の次が天聰10年=崇徳元年です。なるほどこれはいただけない…。

満文老档 第7 (太宗 第4)
第二十六 崇德元年九月
第二十七 崇德元年九月
第二十八 崇德元年九月
第二十九 崇德元年十月
第三十 崇德元年十月
第三十一 崇德元年十月
第三十二 崇德元年十月
第三十三 崇德元年十一月
第三十四 崇德元年十一月
第三十五 崇德元年十一月
第三十六 崇德元年十一月
第三十七 崇德元年十一月
第三十八 崇德元年十二月vii

 で、その後、崇徳元年12月まで書いて終わっているようです。ちなみに古書市場では7巻が希少本となっていて、これがあるのとないのとでは価格がかなり違います。…ですが、この期間ならまぁ何とか誤魔化せるかなぁ…ってとこですね。実録見ても何とかなりそうな…いや、見てないんで何とも言えませんが。
 
 それにしても…《満文老档》が歯抜けだとは前々から聞いていたものの、寡聞にしてどの辺がどれくらい抜けてるのか?調べてませんでしたが、確かに天聰7年から天聰9年まで抜けてるのはいただけませんね…。

 と言う所を汲んで、《旧満洲檔》とか《満文舊檔》と言われる、《満文老档》の原稿と目される資料が台湾の故宮博物院で見つかって、それに天聰9年部分を訳したものが、これですね…。国会図書館で電子化はされていないからか、目次はありません。

神田信夫, 松村潤, 岡田英弘譯註『旧満洲档 天聡九年 1』東洋文庫叢刊第18
神田信夫, 松村潤, 岡田英弘譯註『旧満州档 : 天聡九年 2』東洋文庫叢刊第18

 で、《満文老档》で抜けた部分を何とか補完できないか?と言う意味があるんでしょうけど、《満文老档》と別系統の史料ですが、北京の内国史院大庫に保管されていた档案=内国史院档から発見された档案の訳文もあります。こちらは原文の影印も載ってたりするので、実に便利です。ただ、天聰5年部分は自分も見たような見てないような…。収蔵図書館もあまり多くないようです。

東洋文庫 清朝満州語檔案史料の総合的研究チーム『内国史院档 : 天聡5年 1』東洋文庫
東洋文庫 清代史研究委員会『内国史院档 : 天聡七年』東洋文庫
東洋文庫 清朝満州語檔案史料の総合的研究チーム『内国史院档 : 天聡八年 本文』東洋文庫
東洋文庫 清朝満州語檔案史料の総合的研究チーム『内国史院档 : 天聡八年 索引・図版』東洋文庫

 ここまで来たら、内国史院档の天聰9年部分も訳したら!と思うんですが、そうはいかないみたいですね。《旧満洲檔》だと、マングルタイ謀反未遂事件の記述が正面から書いてないので、むしろ内国史院档の該当部分の訳出もそれなりに需要だと思うんですが…。
 で、抜けが埋まったら続きが知りたくなるのが人情です。続きもちょっとだけ出てます。

河内良弘訳註・編著『中国第一歴史档案館蔵 内国史院満文档案 訳註:崇徳二・三年分』松香堂書店

 で、崇徳年間に編纂された《太祖太后実録》に《太祖実録戦図》の挿絵を加えて乾隆年間に作成されたと言われる《満洲実録》も、また別系統の史料ではあるんで一応載せてておきましょう。こちらは全訳があって古書市場でも比較的よく出てます。で、こちらも国会図書館でデジタル文献になっていますので、目次が見られます。あと、各巻の年月が抜けてたので、漢語版のサイトから拝借して当てて見ました。これだと、ある程度中身が分かる目次になりますね…。

卷一 癸未歲至甲申歲(萬歷十一年至十二年)
〔長白山〕
〔天の三人の女布勒瑚里池に浴みせり〕
〔佛庫倫姙りて二人の姉より殘されぬ〕
〔佛庫倫子に訓へて天に昇りぬ〕
〔三姓の人布庫哩雍順を主となしぬ〕
〔神鵲樊察を免れしめき〕
〔都督孟特穆仇敵の人を殺せり〕
〔滿洲の興りし原の村〕
〔太祖まづ始めに圖倫の城を取れり〕
〔太祖計略を定めて諾密納,鼐喀達を殺せり〕
〔碩翁科羅巴圖魯,巴遜哈達の兵を擊ち敗れり〕
〔太祖恩寵もて理岱を殺さず養へり〕
〔太祖瑪爾墩の城に大いに戰へり〕
卷二 乙酉歲至戊戌歲(萬歷十三年至二十六年)
〔太祖恩寵もて鄂爾果尼,洛科を養へり〕
〔太祖訥申,巴穆尼を殺せり〕
〔太祖四人八百の兵を敗れり〕
〔太祖四十人と混り大いに戰へり〕
〔齋薩讎なる尼堪外蘭を殺し,太祖に首獻げたり〕
〔額亦都巴圖魯巴爾達の城を取りぬ〕
〔太祖扎海を降したり〕
〔太祖柳の木を射たり〕
〔太祖に三部の大人等降り來たれり〕
〔太祖兆佳の城の外に大いに戰ひ,九人を殺せり〕
〔太祖一門の弟旺善を脫れしめき〕
〔太祖富爾佳齊に哈達の兵と大いに戰へり〕
〔群なす鴉兀里堪を阻みき〕
〔太祖謀定めて九國の兵を敗れり〕
〔太祖德もて布占泰貝勒を養へり〕
〔三大人佛多和の山塞を圍みて攻め取れり〕
卷三 己亥歲至癸丑歲(萬歷二十七年至四十一年)
〔太祖に王格,張格狐の毛皮貂の毛皮の貢齎し叩頭せんと來たれり〕
〔太祖哈達の國を破り蒙格布祿貝勒を養へり〕
〔太祖を恩格德爾台吉崇めて崑都侖汗と言へり〕
〔揚古利大いに力めて戰ひ烏拉の兵を退けぬ〕
〔洪巴圖魯,代善二人の貝勒烏拉の兵を敗りたり〕
〔太祖輝發の國を滅せり〕
〔阿爾哈圖圖們貝勒,阿敏貝勒宜罕山を取りたり〕
〔額亦都巴圖魯從へたる九人の大人を太祖に會はしめたり〕
〔阿巴泰台吉,烏爾古宸,木倫を伐たんと行けり〕
〔三人の大人扎庫塔の城を取れり〕
〔太祖烏拉の國を伐ちけり〕
〔太祖義を究め布占泰に向ひて語りぬ〕
〔太祖烏拉の兵を敗りぬ〕
〔太祖克ちける稜威もて城を取りて樓に坐れり〕
卷四 癸丑歲至天命三年四月
〔太祖扈實木,繖坦を從へたり〕
〔太祖をもろもろの貝勒等大人等崇めて英明汗と云へり〕
〔薩哈連江橋架けたるが如く氷張りたり〕
〔太祖撫順所を取り,李永芳を從へき〕
〔太祖張承廕の兵を破れり〕
卷五 天命三年閏四月至四年七月
〔太祖兵率ゐて范河の地に進みたり〕
〔太祖淸河城を征め取れり〕
〔太祖界藩の地に杜松共の營を敗れり〕
〔太祖の先の皇太極貝勒,龔念遂の營を破れり〕
〔太祖尙間崗の地に馬林の營を敗れり〕
〔太祖斐芬の地に潘宗顏の營を破れり〕
〔皇太極貝勒,瓦爾喀什の地に劉綎の前鋒の兵を敗りたり〕
〔皇太極貝勒,劉綎の營を破れり〕
〔滿洲のもろもろの貝勒等康應乾の營を破れり〕
〔阿敏貝勒,喬一琦の兵を敗れり〕
〔朝鮮の都元帥姜功立兵率ゐて降れり〕
〔大明の李如栢の兵呼蘭の地より逃げけり〕
〔太祖開原の城を戰ひ敗れり〕
卷六 天命四年七月至六年三月
〔太祖鐵嶺城を征め取れり〕
〔太祖齋賽の兵を敗れり〕
〔太祖に擒へける齋賽を叩頭して會はしめたり〕
〔太祖英明汗葉赫の國を滅しぬ〕
〔太祖蒲河,懿路の地を分捕りぬ〕
〔皇太極貝勒,朱萬良の兵を敗れり〕
〔太祖英明汗瀋陽城を取れり〕
〔太祖陳策の營を破れり〕
〔皇太極貝勒三總兵官の兵を敗れり〕
〔太祖英明汗董仲貴の營を破れり〕
卷七 天命六年三月至九年八月
〔太祖の前にて皇太極貝勒五人の總兵官の兵を敗れり〕
〔太祖英明汗遼陽を取れり〕
〔太祖遼陽の處を得たる喜びの禮もて酒振舞へり〕
〔太祖西平堡を取りぬ〕
〔太祖劉渠等の兵を敗りぬ〕
〔太祖に廣寧城の官人等迎へ來て降れり〕
〔大貝勒,皇太極貝勒,義州を取れり〕
〔阿巴泰台吉,德格類台吉,齋桑古台吉,岳託台吉,昻安を敗りぬ〕
卷八 天命十年正月至十一年八月
〔太祖寧遠を攻め得ずして回れり〕
〔武訥格華島の兵を敗れり〕
〔皇太極貝勒,囊努克を殺したり〕viii

 と言うわけで、メモ的に《満文老档》についてまとめてみました。ほんとメモですな…。

  1. 満文老档研究会『満文老档 1』東洋文庫叢刊第12 [戻る]
  2. 満文老档研究会『満文老档 2』東洋文庫叢刊第12 [戻る]
  3. 満文老档研究会『満文老档 第3 (太祖 第3)』東洋文庫叢刊第12 [戻る]
  4. 満文老档研究会満文老档 第4 (太宗 第1)東洋文庫叢刊第12 [戻る]
  5. 満文老档研究会『満文老档 第5 (太宗 第2)』東洋文庫叢刊第12 [戻る]
  6. 満文老档研究会『満文老档 第6 (太宗 第3)』東洋文庫叢刊第12 [戻る]
  7. 満文老档研究会『満文老档 第7 (太宗 第4)』東洋文庫叢刊第12 [戻る]
  8. 今西春秋『満和対訳 満洲実録』日満文化協会 [戻る]

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