蜂蜜の雨と甘露

 運良く比較的安価な古書を発見したので、『満文老档』を購入…。というわけで、つらつら読んでいます。

○ sunja biyade, hibsu i aga agaha, hecemu golo be tucime,juwan jakūn dabagan be abalafi, jaka i golo be dosime jidere de, emke emken tob seme agaha manggi, mangga moo i adbadaha de aiha i adali filtahūn bisire be safi, ileci jancuhūn uthai hibsu, han ilme tuwafi, ere sain ningge, geise ambasa gemu ile some ilebuhe;
⇒五月に、蜂蜜の雨が降った。Hecemu 路を出て、Juwan Jakūn Dabagan に狩し、Jaka 路に入つて來る時、一粒一粒ぼつぼつと雨が降つた。その後で橡の葉に瑠璃のやうに輝きのあるのを見て、舐めると甘い。正に蜂蜜である。Han は舐めてみて、「これはよいものだ。諸王諸大臣は皆舐めよ。」といひ舐めさせた。i


 と、いきなりヌルハチさんが即位した天命元(1616)年の記事として、上のような記事が出てきました。いきなり『蜂蜜の雨が降った(断言)』なので、お、おう…としか言いようがないんですが、要するに、狩りに出かけたヌルハチが雨に降られ、クヌギの葉っぱにツユが溜まっているのを見たところ、ガラスのような光沢があったと。で、おもむろに舐めたところ甘かったので、周りにいたベイセや大臣に勧めた…という感じでしょうか…。
 この年はヌルハチが即位した……とされている年ですから、当然、聖天子出現の吉兆としての記事なんでしょう。恐らくは甘露のことを聞きつけたマンジュの人たちが、そのエピソード頂き!っとばかりに書いた記事なんだと思いますが、なんだか蜂蜜の雨が降るとか言う記事なってます…。和訳では、hibsuと言う単語を蜂蜜と訳していますが…いくら何でもそれは…と思って、『満洲語辞典』を引いたんですが、こちらでもhibsuと言う単語は蜂蜜とあります。ご丁寧にこの項を引用して説明していますから、やっぱり蜂蜜の雨のようです。いやぁ…不思議不思議……。
 まぁ、百歩譲ってはちみつレモン味の雨が降って、葉に溜まって蜂蜜成分が凝縮されたとしても、供回りがヌルハチに報告する形を取らずに、ハンたるヌルハチが葉っぱに溜まったガラスっぽい何かをおもむろに舐めたりするもんでしょうかねぇ…。能動的なのはいいんですが、なんかいろいろ不用心な気がします。むしろ、得体の知れないものを毒味もせずに舐め取るアマ・ハンかっこええ!と、そこに痺れたり憧れたりする文脈なのかもしれませんが…。

 で、ココで一般的な甘露現象の発生と報告のあり方を、有名な甘露の変を例にとって、ちょっと《資治通鑑》を引用してみましょう。

(太和九年十一月)壬戍,上御紫宸殿。百官班定,韓約不報平安,奏稱:「左金吾聽事後石榴夜有甘露,臣遞門奏訖。」因蹈舞再拜,宰相亦帥百官稱賀。訓、元輿勸上親往觀之,以承天貺,上許之。百官退,班於含元殿。日加辰,上乘軟輿出紫宸門,升含元殿。先命宰相及兩省官詣左仗視之,良欠而還。訓奏:「臣與眾人驗之,殆非真甘露,未可遽宣布,恐天下稱賀。」上曰:「豈有是邪!」顧左、右中尉仇士良、魚志弘帥諸宦者往視之。宦者既去。ii

 結局、この甘露自体は謀略の為の虚偽報告なんですが、先の記事と比較する為に時系列で追っていきましょう。
 ①:左金吾衛の裏庭の石に甘露が観測されたと報告あり。②:諸大臣が文宗自ら甘露を見に行くことを提案。③:文宗は自ら甘露を見に行くことを快諾。④:先に大臣が甘露を観察したところ、「みんなで確認したところ、ほとんど甘露で間違いないんじゃないか」というふわっとした報告が来る。⑤:そんな訳あるかい!と、文宗が再調査を指示。⑥:宦官が総出で甘露の確認を行う。…という感じで、その場に皇帝は足を運んだものの、真っ先に甘露を舐めて皆に勧めるという感じになりませんね…。
 この時も結局は甘露は口実で、虚偽報告だったわけですから、もしかしたら蜂蜜味の水を石に吹きかけるなどして、偽装したのかもしれませんが、どうも確認の為に舐めたのかどうかすらこの記事では分かりませんね。ほとんど甘露で間違いないって何だよって感じですよね。

 ともあれ、唐代でも甘露が降ったというと、本当に吉兆なのか?と確認の為に大騒ぎが起こる類いのものだったようです。基本的には皇帝に報告され、大臣や宦官が確認した上で皇帝が天下に吉兆を報告する…って感じでしょうね。狩りに行ったらなんか甘い雨が降ってたとか、そういう感じじゃないですね…。

 それはともかく、先ほどの『満文老档』の記事には続きがありまして…。

○ dui biyai orin duin de morin inenggi nadan tanggū bade hibsu aga agaha;
⇒四月二十四日、牛の日、七百箇處に蜂蜜の雨が降つた。iii

 いくら吉兆でも、700カ所は盛りすぎじゃないかと思うんですけどねぇ…w

  1. 満文老档研究會譯註『満文老档Ⅰ 太祖1』東洋文庫 P.69 太祖五 [戻る]
  2. 《資治通鑑》第二百四十五卷 唐紀六十一 文宗太和九年 [戻る]
  3. 満文老档研究會譯註『満文老档Ⅰ 太祖1』東洋文庫 P.78 太祖五 [戻る]

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